
今年の初めに、ロンドンを拠点とするスウェーデン人の写真家、マリア・ステンガード=グリーンは、彼女の言うところのオーガニック・デコラージュを再発見するための駆け足の旅に出た。オーガニック・デコラージュとは、ポスターやストリートアートのステッカーが、半ば破れ、雨風に晒されて幾重にも折り重なることで、互いにもつれ合い、入り混じって、視覚的に美しい符号として解釈の余地を生みだすもののことだ。そんな光景を記録するべく、彼女はまずニューヨークへと飛び、ロンドンからパリへと電車で移動して数日間を過ごした後に、ローマで日中は愛用のカメラ、ハッセルブラッドを手に町を歩き、日が暮れてからは暖かいローマの屋上で過ごす。本日は、そんな彼女がPingMagのためだけにまとめてくれた、今回の世界ツアーの手記をご紹介したい。
作:マリア・ステンガード=グリーン
訳:山根夏実

まず始めに、この旅行の目的はオーガニック・デコラージュの再発見であり、そこにはレイモン・アンス、ジャック・ヴィルグレ、イヴ・クライン、フランソワ・デュフレーヌ、そしてローマの誇るミンモ・ロテッラなどの先駆者的な作品を振り返る以上の意味がある。オーガニック・デコラージュは、一見自然の力がもたらす単なるランダムな結果のように見えるが、それはレイヤーやニュアンス、そして時には何らかの意味合いすらもたらす自然の力に干渉する、人々のエゴや理想をも表したものでもあるのだ。

それというのも、私は今の職に就く以前、1980年代にミュージカルヘアーの俳優として全国を巡っていた時に、ベルリンの壁の写真を撮り始めた。偶然にも、当時はちょうどジャン=ミシェル・バスキアが世の注目を集め始めた時期で、それをきっかけに私はストリートアートやグラフィティに惹かれるようになったのだ。こういった媒体は、時として怒り、エゴ、退屈、愛情、忠義、憎悪や無知といった感情の産物として世間に疎まれがちだが、ベルリンの壁の装飾としては無視できない存在だ。私は今年、こういった人間の営みの証を記録すべく、ニューヨークを始め、パリ、ローマへの新たな旅に出たのだった。
ニューヨーク

ピンクの文字で「キャンディ」と書かれたニューヨークのストリートアート。 © マリア・ステンガード=グリーン
私が関心を持っているのは、単に抜きに出た意味深で精緻な作品ではなく、様々な意思が共存することで偶然に作品に生まれる物語や感動、美しさだ。すべての都市はグローバリゼーションと表層的な均一化の裏で豊かな個性を持ち、文化以外に、過去と現在の政治や経済の厳しい現実も反映している。たとえば、ニューヨークは今やロンドンよりも安全で、私が80年代に暮らしたていた時とは比べ物にならない。しかし、以前よりも清潔で丸くなり、町並みも平凡になったとは言え、ニューヨークが今もなお刺激的な場所なことに変わりはない。ノリータとソーホーでは、アーティストと行きずりの貢献者が協力して、多くを物語るステートメントを作っている。その中でも特に私のお気に入りは、モット・ストリートとプリンス・ストリートの交差点にあるX-メンの作品とキャンディと書かれた作品だ。いずれも政治色を帯びたものだが、キャンディはより漠然としている…。

ミートパッキング・ディスクリクトとガンズブール・マーケットの東には、ドア、チラシ、ポスターにランダムに描かれたなぐり書きや破壊行為の痕と古い看板広告が入り混じって、目を引き付けるようなイメージを作り出している。こちらはすべて、ステラ・マッカートニー、アレキサンダー・マックイーン、ダイアン・フォン・ファステンバーグらの有名ブティックが軒を連ねる合間に位置している。次に向かった先は、ウェスト13番街とワシントン・ストリートの交差点にあるニューヨークの老舗バイカー・バー、「Hogs & Heffers」。ここはニューヨークの労働者の砦であり、どう見てもカフェラテとアーモンド・クロワッサンを出してくれそうな雰囲気の店ではない。まだ朝の10時だというのに、ビールを頼まなければいけないような気になってくるが、それも当然のこと、この店にはビールしか置いていないのだ。カウンターの向こう側にぶら下げられた無数のブラジャーのコレクションに感嘆の目を向けていると、周囲の喝采に迎えられながら、午前10時15分にバーテンダーの女性も自分のブラジャーを外した。ここはまさにファッションの大海に浮かぶ素朴なオアシス!高級化されつつあるソーホーと近隣のグリニッジ・ビレッジとは対照的に、多くのストリートアートとグラフィティは、この最近の伝統を反映しているようだった。
それでは次の街へ!それぞれの都市の違いを目で見て肌で感じ、そして何よりも環境的に配慮すべく、ロンドンからパリへ、そしてパリからローマへは列車を使うことにした。復路も一旦パリに戻ってから、イギリスの我が家に戻ることになる。ロンドンからパリにはわずか2時間で行けるが、そこからローマは12時間もかかる。それも列車が時刻通りに動いてくれたらの話だが。これなら東京に飛んだほうがまだ時間はかからなかったかも…。

パリ
ニューヨークと比べて、パリは古いだけでなく密度も高い。環状高速道路、ペリフェリックの内側では、ストリートアートも控えめなようだが、それでもまったくないわけではない。ブロガーのプチ・アングレーズのおかげで、私は中心街の北東部にあるベルヴィル地区を発見することができた。古くからの労働階級の社会であり、フランス共産党の本拠地でもあるこの界隈は、エディット・ピアフやモーリス・シュヴァリエ縁の土地としても知られている。様々な貌を持つこの地域には、盛んなアーティスト・コミュニティも存在しており、メインストリートのベルヴィル通りを脇に入った路地には、このたくさんのコミュニティのスタジオや工房があって、その多くが通りを自分の表現やコメントを塗り重ねるキャンバスとして使っている。私がここで触れることのできたストリートアートはそのごく一部だったが、ニューヨークよりもはるかに豊かな内観の印象を持った。だが何れの街でも、当然のことながらすべてが儚い。ベルヴィル地区でココアを買いに出た際に、私が文字通り足を止めた作品は、帰り道には自治体の清掃車によって完全に破壊されていた。
それでも頻繁に人工の峡谷の底を歩いていることに気づかされるニューヨークよりも、パリはずっと開放的な街で、それは光にも反映されているようだ。ニューヨークはローマとほぼ同じ緯度に位置しているのに、季節の微妙な違いを考慮してもなお、パリよりも光がモノクローム的に感じられた。そして最後の目的地に!
パリからローマへの寝台列車は、期待ほど豪華なものではなく、落ち着かない旅の時間の末に朝を迎えてほっとしたのもつかの間、枕元の壁に設えられたバスケットに入れたはずの財布がないことに気付いた。眠りに就く前に、個室のドアの鍵をかけたのだけれど、誰かが夜中に侵入して盗んだのだ。つまり私は文無しの状態でローマに到着したのだが、大事なものが何であるかをちゃんと心得ていたことは不幸中の幸いだった。そう、私はカメラだけはしっかりと抱きかかえて眠っていたのだ。

ローマ
ローマは色々な意味でパリから遠く、ニューヨークからはさらにかけ離れている。はるかに開放的で、おそらくこの街に暮らす修道女と同じくらいに融通の利かないこの街には、しかし目立った支配の力は感じられない。幾層にも重なったその歴史は、表層のいたるところに口を開ける穴から覗いており、この街のストリートアートもそれを反映しているかのようだ。そこからは時として、世界最古の都市、むしろすべての都市の母と言っても過言ではないこの街が、圧倒され、書き換えられつつあるかのような印象を受けざるをえない。多くのものが行き当たりばったり且つ浅慮で、時にはセンスへの冒とくとすら思えるものもある。しかし時には幾重にも重なった層が融合し、そのパーツの数以上のものを生み出していることもある。パリよりも陽気なローマは、政治的、経済的な社会不安をはっきりと主張する街でもある。どこの都市でもそうだが、テルミニ駅のすぐ東にあるサン・ロレンツォ界隈を歩いてみると、ここが非常に極端な街であることが見て取れる。古くから政治的能動主義の拠点であり、ムッソリーニの独裁主義に対しても毅然と立ち上がったこの地域は、今では政治色の強いストリートアートが独裁主義と共産主義の対立の証拠を鮮明に物語る、学生の町となっている。そしてその対立関係には、単なる言葉やシンボル以上のものがあふれ出ているのが感じられた。

ローマには明らかに政治的な光景も存在していた。私が訪れた時期が今年の選挙の数日前だったために、カンポ・ディ・フィオーリでは、周辺のポスタースペースの争奪戦への干渉を目撃することができた。私がこの街で捉えた光景は、今私がこうして書いている間にも、ベルルスコーニの「ローマをより綺麗で純粋な街にする」という公約のごとく、視界から葬り去られていることだろう。うわべをきれいにしても、症状を隠すことはでるが病根まではぬぐい去れない。そしてうわべの層がはがされた瞬間に、新しい層が、そして時には新しい意味合いが、その場所に生まれるのだ。
ある時、やや酒の入った放浪者が、私が300万円近い価値を持つ愛用のカメラ、ハッセルブラッドを向けていた、私の情熱の対象を見て、とても困惑したように話しかけてきた。「それは…その、とても…興味深い壁だね…?」そう、事実とても興味深いのだ。写真家として、私は何度も何度もこの壁を見て、汚れや散乱物の下にあるもの、多くの人間が無関心か、葬り去りたいと思っているものを見極めなければならない。時には私自身の干渉も認めなければならないだろう。だがそれも結果を押し付けるものではなく、それ自体を明らかにするためだと思いたい。私はアーティストではなく、カメラなのだから。
…マリアさん、今日は世界的な都市の壁を記録する駆け足の旅のお話を、ありがとうございました!
3 コメント
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自己と対峙する意図しない深層心理の発見ということですかね。
Posted by: 山本 @ 12月4日2008年
ニューヨークのグラフィティー、 “BRING ME BACK”はX-MENではなく、WK INTERACTの作品だと思いますよ。
Posted by: 中谷 @ 12月4日2008年
[...] マリア・ステンガード=グリーン:オーガニック・デコラージュの世界 [...]
Posted by: bookmark::081215 « Kuu2’s Blog @ 12月15日2008年