日本の公衆浴場文化を垣間見る

2008年8月15日 カテゴリー: フォトグラフィー, 国内

日本の公衆浴場文化を垣間見る

素晴らしいタイルモザイクを見上げながら入る熱い湯船の誘惑に勝てる人などいるのだろうか?「銭湯:ザ・ジャパニーズ・バスハウス」より。発行はベルリンのペペローニ・ブックス。 © ジュリア・バイヤー

日本の銭湯とその素晴らしいビジュアルについては以前にもご紹介した通りだが、本日のPingMagでは、この究極の日本文化を交流の場として見ていきたい。ドイツ人写真家のユリア・バイヤーは、数週間をかけて銭湯の中の鮮やかな人間模様を記録し、その賜物である写真集、「銭湯:ザ・ジャパニーズ・バスハウス」が、この度ベルリンのペペローニ・ブックスからドイツ語、日本語、英語で出版された。PingMagでは、現在ベルリン日独センターで開催されているユリアさんの写真展に行けない方々のためにも、ユリアさんの個人的な銭湯体験についてお話をうかがった。

作:ベレーナ
訳:山根夏実

ユリアさんが最初に銭湯というテーマの写真のシリーズを撮ろうと思ったのはいつだったのでしょうか?そしてそのきっかけは?銭湯は一般的な題材とは言えないと思うのですが…。


なんて可愛い!「銭湯:ザ・ジャパニーズ・バスハウス」より。© ユリア・バイヤー

私が初めて日本と関わったのは2004年のことでした。フランスのフォトギャラリーで働いていた時に、私の作品をフランスで見たというギャラリーオーナーの野村ヨシノリさんという方からメールを頂いたんです。私の「ザ・パブリック・バス(公衆浴場)」というドイツの水泳プールについての写真シリーズを、彼が奈良にオープンさせたばかりのギャラリー「アウト・オブ・プレイス」に展示したいということでした。そして野村さんは私に日本に来て、新しい作品を作らないかと言ってくださったんです。それで私はドイツの映像芸術著作権利用会社、ファウギー・ビウト・クンストから奨学金を得て、2005年の6月から7月にかけて、日本に5週間滞在することができました。

日本に着いた時はまだ銭湯のことなど何も知らなくて、日常生活の写真を撮ることくらいしか考えていませんでした。それでヨーロッパのものと同じようなスイミングプールを日本でも探してみたのですが、唯一見つかったのがビルの8階にあるものだったんです。その時に、日本には日常生活の一部であり、同時に伝統的な場所でもある「銭湯」という異なる水浴の文化があることを知りました。

それが始まりだったと…。ジュリアさんの初めて銭湯体験はどのような感じだったのでしょうか?

私が初めて銭湯に行った時は、一人で、カメラすら持って行きませんでした。そこにはなんだかスピリチュアルな、心の底から穏やかさを感じられる雰囲気があって、すぐに大好きになりました!その後に奈良の銭湯を見て回り始めたときは、ギャラリーで知り合った人たちに一緒に行ってくれるようにお願いして、その友人たちに女湯のことを色々と教えてもらいました。それからは徐々に一人で行くようになったのですが、大抵は1日2回は入りに行っていたので、そうせざるを得なくて…!そして必然的に、一部の銭湯では利用客の女性たちに顔を覚えられるようになりました。

瞑想にふけってしまいそうな静けさ。「銭湯:ザ・ジャパニーズ・バスハウス」より。 © ジュリア・バイヤー

外から来た人間として、銭湯ではどんなお気持ちでしたか?

言うまでもなく、日本のどんな公共空間でもそうであるように、私はまず第一に外国人であって、それは一目瞭然です。でも銭湯の女性たちはみんな本当に礼儀正しくて、おかげで私も快適に過ごせました。もちろん私も体を洗うまでは湯船に入らないというような「決まりごと」はきっちり守りましたよ!私にとって新鮮だったのは、お湯が、それも特に熱い湯船の温度が、本当にびっくりするほど高かったことですね。あとは中の湿度も!

確かにそうですね!銭湯の中での人々の交流についてはどう思われましたか?

銭湯には本当に様々な雰囲気やムードがあって、かなり混雑しているところもあれば、私にとっては印象に残るほど静かな場所もありました。また行く時間も関係していて、午後の時間帯だと自分一人ということも珍しくなく、大抵は夜よりも静かです。全体的に、銭湯とは交流の場であるという印象を受けました。人々は近隣の様々な銭湯を試すよりも、同じ場所に通う傾向があるようで、その結果ほとんどの人が顔見知りで、時としてかなり打ち解けた雰囲気が生まれるようでした。

親しげな団欒。「銭湯:ザ・ジャパニーズ・バスハウス」より。 © ジュリア・バイヤー

公衆浴場を体験したことのない方々のために、銭湯がどんな感じの場所なのかを説明していただけますか?昔はヨーロッパにも公衆浴場があったのですが…。


「ゆ」の文字が入った昔ながらの銭湯の入り口。「銭湯:ザ・ジャパニーズ・バスハウス」より。© ジュリア・バイヤー

銭湯は午後3時ぐらいから夜中まで、近隣の人々がお湯を使って体を洗い、熱い湯船に身を沈めてリラックスするために来る場所です。銭湯のお風呂は男女別になっていて、利用者は小さな椅子に座り、たらいのお湯を使って体を洗います。たらいのお湯を体にかけてから石鹸で体を洗って汚れを落とし、最後に丁寧にすすぐという過程を何度も何度も繰り返すのです。その最中に、利用者は気の向くままに他の人と会話をしたり物思いに耽ります。そして体を洗い終えて、石鹸の泡を丁寧に流したら、とっても熱い湯船に身を沈めて温まるのです!

銭湯は、12世紀に僧侶が寺のお風呂を一般に開放したのが起源だとされています。当時庶民の家にはお風呂がなかったので、これが唯一体を洗える場所だったのです。今日ではほぼすべてのアパートに浴室がありますが、銭湯の伝統は続いています。その数は減少しつつあるそうですが、東京だけでも1,000件以上はあると聞きました!

何かニュースが?噂話に花が咲く!「銭湯:ザ・ジャパニーズ・バスハウス」より。© ジュリア・バイヤー

銭湯が減りつつあるというのは残念なお話ですね!ジュリアさんの写真集からも、銭湯の温かい雰囲気がこんなに伝わってくるのに!そしてとても気になっていたのですが、ジュリアさんはどうやって中に入って写真を撮る許可を得たのでしょうか?

まず始めに、銭湯は本当に温かい場所で、そのぬくもりをそのままに伝えたいというのが私の願いでした。利用者は全裸で入浴していますから、もちろんそれがデリケートな問題となることは予想していましたが、最初は友人たちが私が写真を撮るのを手伝ってくれました。その中でもっとも重要なのは、あの雰囲気をつかむこと、そして利用者に私とカメラを恐れる必要はないのだと知ってもらうことです。当たり前のことですが、私は誰の邪魔にもならないように、細心の注意を払わなければなりませんでした。時には2、3枚撮るためだけに小さいほうのカメラのみを持っていって、撮り終えたらすぐにカバンに戻したこともあれば、ただお風呂に入っただけのときもありました。そして私自身も裸でお風呂に入る人として、その光景の一部になりつつあったんです!

ではこういうプライベートな場所で、どうやって女性客の方々を説得されたのでしょうか…?


背中の流し合いも古き良き習慣。「銭湯:ザ・ジャパニーズ・バスハウス」より。© ジュリア・バイヤー

私はできるだけオープンに接するよう努めていたのですが、そうしたら二人のおばあさんが私の仕事に興味を示してくれて、そのおばあさんたちには別に「悪いこと」をしようとしているのではなく、日本の銭湯文化の一部を表したいだけだという気持ちを一生懸命伝えました。私の目的は、入浴中の人々をむしろ参加者として捉えるもので、裸の人間をただ撮るのではありませんでしたから。これは本当に大きな違いなんです!それで一定の距離を守って、写真でも行動でも、すべてにおいて敬意をもって接することを心がけました。私は入浴者の個人的なエピソードを語ろうとしているのではなく、入浴している人々を見せたかっただけですから、使用する写真も身元がはっきりとわかるものは何もないように、入念に選びました。

制作期間はどれくらいだったのでしょうか?あと、この写真の銭湯がどこにあるのかも教えてください。

制作期間は4、5週間で、ほとんどの写真は奈良にある20ヶ所くらいの銭湯で撮ったものですが、東京、大阪、京都と長野の近くにある川湯温泉で撮ったものもあります。

制作の過程ではどんなことを体験して、何を感じられたのでしょうか?新しく学ばれたこともあったのでしょうか?

まず始めに、私にとっては銭湯自体が驚きでした。ヨーロッパから来た人間として、日本はきちんと整備された、直線的で明確な建物の国だというイメージを持っていましたから。なのに銭湯は違ったんです!お風呂屋さん、それも特に洗い場はピュアな場所でした。一方で、更衣室はとてもプライベートで、時に散らかっていることも珍しくなくて。銭湯は、そこかしこでいくつもの個人の痕跡が見てとれる場所です。個人的には、銭湯に足を踏み入れることは、誰かのご自宅にお邪魔することに似ていると思いました。でも日本ではどこかのおうちに招待されることはとても稀なので、私は実際に誰かのプライベートな空間に居るような印象を受けました。ドイツではよく人を自宅に招待するので、私にはその感覚が心地よかったです。

3人の女性に獣の影が…お風呂屋さんで猫!「銭湯:ザ・ジャパニーズ・バスハウス」より。© ジュリア・バイヤー

猫が写っている写真は本当に家庭的で、銭湯がどんなに温かくて、日本人の生活の中心にあるのかを表現していますよね。でも銭湯で動物を見かけることは滅多にないと思うのですが…。

猫を見かけたのはこの銭湯だけでしたね…。私もかなりびっくりしていましたし、猫もとてもシャイだったので、すぐに画から飛び出していってしまって。それ以外では、水槽や、外の池に泳ぐ魚くらいしか見かけませんでした。今あなたもおっしゃったように、この写真には打ち解けた雰囲気が出ているのと同時に、「昔ながらの」光景を髣髴とさせるもので、「入浴」のテーマで描かれた古い絵画と比較しても良いものですから、私にとってはとても大きな意味を持つ一枚です。

では、裸の男性が笑っている写真はどういうものなのでしょうか?本当に素晴らしい一枚ですよね!


この裸の人は…?そして何やら楽しげ!「銭湯:ザ・ジャパニーズ・バスハウス」より。© ジュリア・バイヤー

あれもまた見事なタイミングでした。ギャラリーのオーナーとその友人が、ひいきにしている銭湯の男湯側に誘ってくれたんです。これが私が男湯を見ることのできた唯一の瞬間でした!あと、これが私の写真集で唯一男性が写っている一枚でもあるんです!この本の前書きで、ギャラリーの方もドイツ人女性写真家による男湯の訪問を詳細に説明していて、そこから引用すると、「当然ユリアは女湯での撮影しか出来ない。しかし一度は男湯の場面を撮影したいというので、私と友人が同行するように申し出た。風呂屋の主人と男性客達に事情を説明し、撮影許可を取り付けた。男湯と女湯を隔てる壁越しに声を掛け合い、合図とともに彼女は壁から体を半分乗り出しシャッターを切り始めた。脱衣所にも彼女は入って来た。私はどんな風に自分のヌードが写っているのかちょっと心配だったが、彼女の凄さは人を決して嫌な気分にさせないところだ。」

それで、その時のご感想は(笑)?

あれは本当に一瞬でしたが、本当に楽しかったです。写真を見ていただければわかると思います…。あと、男湯を撮るのはもちろん刺激的でしたが、驚くことはありませんでした。私もドイツでは頻繁にサウナに行くのですが、そこでは男女で分けていないことも珍しくないので。ですから、あまりシャイではなかったと思います。それに何よりも、中には男性が4人しかいませんでしたしね。


湯上りに火照った体を冷ます。「銭湯:ザ・ジャパニーズ・バスハウス」より。© ジュリア・バイヤー

ドイツ人として、ジュリアさんは日本とドイツの浴場文化の違いをどうお考えですか?

昔のドイツでは、自宅にお風呂のない人が体を洗うためのキュービクル式の浴室が水泳プールの隣に設置されていましたが、今ではまったく見かけなくなりました。ですが西欧では体を洗うことがスピリチュアルな行為の一環ではないせいで、こういった公衆浴場が銭湯のような意味合いを持つことはありませんでした。その一方で、交流の場としての公衆浴場の重要性は比較できるかもしれません。ドイツの水泳プールに行っても、そこでお互いの顔を見ることを楽しむようなご近所的な雰囲気か、それに近いものを感じることができます。

今後、他にジュリアさんのどんな作品を拝見できますか?

今回が最後の訪日ということはまずないので、また素晴らしい温泉文化も見に来たいと思います!

はい、お待ちしています!ジュリアさん、「銭湯:ザ・ジャパニーズ・バスハウス」での温かい日本文化の考察をありがとうございました!そして読者の皆さん、もしこの夏中にベルリンに行かれることがあれば、ぜひこの写真展に足を運んでみてください!

【お知らせ】
ジュリア・バイヤー「ヨーロッパの公共プールと日本の銭湯」展
場所:ベルリン日独センター、ベルリン―ツェーレンドルフ、ドイツ
地図はこちらから
会期:2008年9月5日まで
時間:月~木10:00~17:00、金曜は15:30まで

23 コメント

  1. 印象的な写真ですね。
    公衆浴場文化の再考察って感じです。

    Posted by: Jaehyun Lee @ 8月18日2008年

  2. 銭湯利用者なので非常に気になります。

    Posted by: qramo @ 8月20日2008年

  3. 宗教的な場ではないところなのに、
    スピリチュアルな場と言い得ているのは素晴らしいですね!

    Posted by: 斉藤 @ 12月23日2008年

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