
巨大広告の女性モデルを切り抜き、「お前のビジュアルは誘拐された!」と”紙”の指先を広告主に送りつけ、美術館に寄付する為の身代金を要求するパリのゼウス。廃材を使い、駅の地下に無許可で家を建てる、コペンハーゲンのアダムス&イッツォ。そして、商業の世界に飲み込まれつつある自分に罪悪感を感じながらも、美しい切り絵を街中に貼り、見る人に喜びを与え続けるニューヨークのスウーン。「インサイド/アウトサイド」は、進化するグラフィティと8組のストリート・アーティスト達を追ったドキュメンタリー映画。今日は、国内でのDVD発売を記念して来日したアンドレアス・ジョンセン監督に、作品についてお話をうかがった。
作:チエミ

DVD「インサイド/アウトサイド」。こちらは出演アーティスト作品集なども付いた特装版。(販売元:UPLINK)
今回なぜ進化するグラフィティに焦点を当てたドキュメンタリー映画を制作しようと思われたのですか?
80年代半ばからヒップホップ・カルチャーに関わりを持っていて、僕自身もグラフィティ・ライターだったことがありました。ですので、いつもグラフィティやストリート・アートの進化には興味を抱いていたのですが、ある時からそれをテーマに映画を作らなければいけないと思うようになりました。ちょうどその頃は、ただ名前を書き残すという伝統的なグラフィティとは異なったスタイルのものが、サブジャンルとなってどんどん生まれている時期だったからです。
なぜグラフィティのスタイルが変化し始めたと思われますか?
グラフィティは最近変わり始めた訳ではなく、長い間変わり続けていたと思いますよ。ただ、現在はその傾向が強くなり、今の若い世代は単に名前を書き残すのではなく、もっと意味のあるメッセージを書き残すことで自分達を表現するようになったと思います。また、世の中が変わり、一般的なメディアでは満足しきれない人や、指導者達の発言に対して疑心の念を抱く人が増えたこと、そして公共空間に広告が増えたことも、理由のひとつかもしれませんね。
伝統的なグラフィティのスタイルが犯罪として多くメディアに取り上げらようになったことは、その理由のひとつにはならないでしょうか?
グラフィティだけでなく、ストリート・アートが基本的に犯罪ですから、合法か違法かという議論はそこには存在しないと思いますよ。
ですが、若い世代にとって、おそらくグラフィティは今や明らかな犯罪で、本作でゼウスが行っていたような地下道の蛍光灯をこっそり差し替える行為は犯罪としてあまり真剣にとらわれていないような気がしますが…?
やる方はそれが何であるかを自覚していると思います。それに、これらの行為が違法と見なされるからと言って、彼らはそれを恐れたりはしません。たとえ投獄されようと、莫大な罰金を課せられようと、彼らは自分達の表現を続けるのです。

この作品には様々なアーティスト達が登場しますが、何を基準に彼らを選ばれたのでしょうか?
可能な限り多様性を見せたいと考えていたので、最初のリストからスタイルの似ている人達をカットしていきました。また、理論的で退屈なものではなく、エンターテイメント性のある映像作品にするため、ユーモアがあり、少し皮肉な面を持って自己分析できる人達を何人か登場させることも重要でした。
では、出演者の中で特に印象的だったのはどなたですか?
ゼウスの作品のスタイルは全て違い、ユーモアもあり大好きですが、もちろんどの人にも深い尊敬の念を抱いています。その中でも、コペンハーゲンの中央駅の下に勝手に住居を作ってしまったアダムス&イッツォなどの作品は、僕にとっては非常に新しく、美しいステートメントだと感じられました。彼らがやっていることは“作品を書き残す”という行為の次のレベルにある新しいグラフィティのスタイルで、その小さな家に彼らの人柄が全て含まれていたのです。

地下道の蛍光灯を自作のものと差し替えるゼウス。しかし、取り付け直前にあるハプニングが彼を襲う…。

コペンハーゲンの駅の下に住居を建てた、アダムス&イッツォ。
本作の中で、そのアダムス&イッツォがゲリラ的に建てた家が後にホームレスの人の住居になったり、バスに乗り遅れたことでスウーンの作品と出会った人が「バスに乗り遅れてラッキーだった」と言ったというシーンがありました。それは単なるタグを残すという行為と比べると、スタイルが進化しただけでなく、作品が自己表現という枠から一歩抜け出して、他人にとっても何らかの意味を持ち始めた瞬間とも言えます。その点も今までのグラフィティとは非常に異なるのではないかと思うのですが、監督はどう感じられますか?
確かにそれは大きな違いではありますが、自己表現だけの作品でも、その作品を心待ちにしている人達がいます。それらは、スウーンやアダム&イッツォの作品と比べて洗練されてはいないかもしれないですが、タグを残すことは、自己表現や自分がここに存在したという証しを残すストリート・アートの原点となる行為であるとも言えます。

スウーンが作品を貼り付けるところをじっと見守る通りがかりの人。彼女はこの後、「きれいね!」とスウーンに声をかける。
では、スウーンが見せた苦悩についてはどうでしょう?彼女は、ストリート・アーティストとして強い情熱を持って活動する傍らで、作品を売って大金を得たことに対して罪悪感を感じるシーンがありました。これは、どんなストリート・アーティストにでも起こりえる、非常に興味深い出来事だと思うのですが。
確かにそうですね。この映画を通して伝えたかったメッセージのひとつは、商業の世界がアンダーグラウンドの文化を奪ってしまうことの危険性です。商業的な世界では作品をプロデュースし、それを売って利益を得ますよね。アーティスト達にとってそれはとても危険なことで、そのバランスを維持するのは非常に難しいと思います。
スウーンは、ベルリンで大規模なインスタレーション作品を制作していた時に、クリエイティブなエネルギーを得る為、未だに外に出て作品を貼らなければいけないと述べていました。彼女はとても強い女性で、強いアーティストです。現在はとても有名になり、世界中で展覧会を行っていますが、それでも未だにストリートで作品を発表し続けているのです。
他の人達に関してはどうですか?
ゼウスに関して言えば、つい先日コペンハーゲンで3ヶ月にも及ぶ大規模な展覧会を行いました。その時に、彼自身がコペンハーゲンを訪れて、沢山の作品をストリートに残していきました。ですので、彼も未だにストリートからエネルギーやインスピレーションを得ているアーティストの一人だと言えるでしょうね。

ご自身もグラフィティ・ライターだったとおっしゃっていましたが、現在はグラフィティに対してどのような思いを抱いていらっしゃいますか?
僕は今でもグラフィティを愛しています。グラフィティは生きているんですよ。どの街へ行っても、公共の空間に残された彼らの名前や意見を見ると嬉しくなります。僕自身は、公共の空間は全ての人のためにあると考えていますから。

グラフィティは今後も変化し続けると思われますか?
もちろん!伝統的なスタイルも生き続けると思いますが、これまでのライター達を含めたあらゆる人々がもっと実験的で、よりクレイジーな作品を作り出すのではないでしょうか。

アンドレアス・ジョンセン。デンマーク国営テレビ局在籍中に友人達とテレビシリーズ「ストックタウン」を制作。その後、映像プロダクション「ロスフォース&ロスフォース」を設立し、現在は年に1、2本のドキュメンタリーを制作している。© Jim O’Connell
では、最後にこの作品を見る人達に何かメッセージをお願いします。
この作品を撮った理由のひとつは、人々にオープンな思考を持って欲しいからです。街でグラフィティを見かけたら、まず立ち止まって、彼らが何を言おうとしているのかを考え、自分自身の好奇心を刺激してみて欲しいです。僕達は普段、自宅と職場の往復だけで自分の街をよく見る機会があまりないと思いますが、街というものをもっと自分達のものとして、自分達の場所として考えて欲しいと思います。
アンドレアスさん、ありがとうございました。私達もこれまで以上に自分達の街に目を向けてみたいと思います!そして、今回PingMagをサポートしてくれたフォトグラファーのジム・オコネルさんもありがとうございました!
13 コメント
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なかなかクリストを越えられらいなぁ。
Posted by: 山本 @ 7月29日2008年
落書き屋ってサイテー
Posted by: kkk @ 7月29日2008年
↑では「広告屋ならばサイコー」?
Posted by: otk @ 7月29日2008年
広告もどっちもどっちだけど、不法に書くものとの違いがあるやな。
こういうグラフティカッコイイみたいなのは頭が悪い
Posted by: UMA @ 7月29日2008年
不法でも面白いものは面白い。アニメMADは違法だけど楽しいです
Posted by: laisla @ 7月29日2008年
違法でも面白いものはやっぱり面白い。
MADムービーのように著作権を侵してでも造られる価値のあるものはあります。
Posted by: laislanopira @ 7月29日2008年
面白ければ何やってもいいのか!めでてぇなー
Posted by: UMA @ 7月31日2008年
日本のgraffitiの 悪い=かっこいい とは違う
ストリートでしか表現できないメッセージもある
稀世の才能が企業に洗脳された大多数の凡庸に消されるのは怖い
Posted by: 匿名 @ 7月31日2008年
iikedo-
nannka…
Posted by: coco @ 7月31日2008年
新しいものが生まれる時に、
必ずしも合法的な姿で現れるとは限らないでしょ。
システム社会のルールを盲目的に信じるのは
怖いことだと、グラフィティは気づかせてくれた。
Posted by: bomb @ 8月1日2008年
人は皆、盲目のモグラ。
善悪ではなく
答えも出さず
憎みもせず
共に生きる本当の強さを
Posted by: nat @ 8月3日2008年
「本当」「正義」「リアル」ほどうさんくさい言葉はない
Posted by: Ryo @ 8月21日2008年
時々東京に帰ると、街がCGのように感じられる。
きれいに刈り込まれた清潔な街。小ギレイな人間。KYとかって言葉が流行ってた? 人の顔色伺う作り笑い。ぜーんぶ、うさんくさい。
いや、平和で安全、全然悪いとは言わないよ。住んでる人間が「うさんくさい環境」に安住していることが恐ろしい。グラフィティやストリートアートは東京では理解できないだろうね。「ここは俺のもんだ」って言ってるヤツに金払ってスペースジャックしている広告のほうがよっぽど暴力的だ。
頭悪そうな歌手だかタレントだか、街に溢れてるのを見てると頭痛くなるよ・・・。
Posted by: アム @ 9月16日2008年