
「マイ・リトル・デッド・ディック(MLDD)がなくなってしまった!」とは、様々なオンライン写真コミュニティで聞かれる叫びだ。え、何のこと?と思われた方々に説明すると、中国人マディ・ジュウと台湾在住のアメリカ人パトリック・ツァイが2006年の夏にインターネットを介して出会い、マカオで恋人同士になり、そして数日後には写真家カップルとして、中国で一緒に新しい生活を始める手筈を整えたというのが、ブロガーの巷で有名になった彼らのラブロマンスの物語。急発展する中国での二人の愛の時間や友情、パーティー三昧の生活を捉えたフォトダイアリー「マイ・リトル・デッド・ディック」はFlickrにも掲載され(アクセス制限あり)、大きな注目を集めた。しかし残念ながら二人は最近関係を解消し、MLDDもその活動を停止した…。そんな中、PingMagでは先日来日したパトリック・ツァイさんを捕まえて、彼の新しいプロジェクトについてのお話をうかがった。
作:セリーナ・ホイ
訳:山根夏実

「パット・パッツ・ドリーム」、台湾2006年。「この写真は僕の初期の作品です。この巨大な風船雲は、友達と一緒に行ったミュージック・フェスティバルで見かけたものでした。あれは咄嗟のひらめきが予想外の出来栄えになる、そういう類の瞬間でした。」(パトリック)© パトリック・ツァイ
まずはパトリックさんの技法についておうかがいします。作品のほとんどを低画質で撮っていらっしゃると思うのですが、何十枚ものレンズやフィルターをとっかえひっかえすることもないし、デジタルカメラも使われないのですよね…?
マイ・リトル・デッド・ディックを始めた当初は、ほとんどコンパクトカメラを使っていて、時々は行く先々に愛用のライカM6をカバンに入れて持ち歩いていました…。でもその後、マディがオリンパスのμIIを使っているのを知ったんです。このモデルは僕が今まで見た中で一番シンプルで速いカメラで、ただ開いて押すだけ。だから僕も同じものを買いました。このカメラは、おそらく非常に密な関係を築けるカメラだと思いますが、僕たちのダイアリーのほとんどはこれを使って撮ったものです。
ですが最終的にはM6を使いこなして素早く撮る方法を見つけたので、「モダン・タイムズ」のプロジェクトは、完全なライカオタクと化していた時期に撮られたものですね。今ではマディも僕も、M6よりも良い写真が撮れて、素晴らしいフラッシュを備えたコンタックスG2を好んで使っています。
35mmカメラのほとんどは比較的同じようなタイプの写真の質になるので、僕もμとライカの違いがわかりませんでしたが、そのカメラを扱うプロセスは違います。ライカのようなマニュアルのカメラを構えると、遅くて、重くて、長い歴史を持つカメラだけに、何を撮るかという特殊な考え方が入ってきます。その反面、コンパクトカメラはチープでそう支配的ではないので、レンジファインダーや一眼レフの時のようなプレッシャーを感じることはありません。また撮影者がカメラに対してどうあるかも、被写体が撮影者にどう反応するかに影響してきます…。

そうなのですか?ではパトリックさんはどういう仕事の仕方をしていらっしゃるのでしょうか?何か決まった作業の仕方のようなものはありますか?
プロジェクト次第ですが、その瞬間やあるシチュエーションに写真を撮るのが好きです…。シチュエーションの場合、その場でインスピレーションを得てシナリオを作ります。例えば僕たちが撮った写真の中に、道端に開いた巨大な穴から裸の男が這い出してくるものがあります。これはある日、マディと僕がただ歩いていた時に、道路にぽっかり開いた穴を見かけたので、僕が飛び込んで裸になって、自分の代わりに彼女に写真を撮ってもらったものです。「モダン・タイムズ」のシリーズでは、僕は普通のストリート写真家と同じに単なるハンターです。
そう、その「モダン・タイムズ」のプロジェクトについてもっと詳しく教えてください!
「モダン・タイムズ」は現在も継続中の企画ですが、僕としては今のところ少し飽き気味になっています。この6ヶ月間、僕は中国国内を旅して回って、都会と田舎の混乱や人々の日常生活を記録に収めているのですが、それを遊び心のある、MLDDのフォトダイアリー・プロジェクトの根幹を成すユーモアと同じような感じでやっています。

実は中国に行ってからの最初の一年間は、あの国が好きになれませんでした。汚染はひどいし、車は道を塞いでいるものを轢き殺しても構わないといった感じだし、一部の人間は本当に失礼だし、政府は怖いし…。ですがこのプロジェクトを始めてからは、自分にとって居心地の良い場所以外のものも見なければならなくて、徐々に色々なことの不条理を知るようになり、それを異なる背景で考えられるようになりました。またこんなに長く海外に住んでいると、現地の人々がどうしてそういう振る舞いをするようになったのかも少しずつ理解し始めます。

突き詰めると、僕は中国がいかに素晴らしい国であるのかを世間に知らしめたいのですが、それを理解するには通常とはまったく違う、新しい考え方が必要とされるようなやり方で見せたいのです。例えば、家の近所で見た火事で燃える高層ビル、スターバックスでのインタビューに行く途中に遭遇した、高速道路の高架から飛び降りようとする男性、ある街に行ったその日に見た、有名な観光スポットの湖に沈む少年の水死体、そして虎が生きたニワトリや牛を食べるのを見るためにお金を払う人々。今の説明では少しダークな感じに聞こえると思いますが。

最近は商業的な仕事で忙しくしていらっしゃるようですが、これまでにそういった仕事で苦労されたことはありますか?あと、パトリックさんにとっては初めてとなる大きな広告キャンペーンの仕事も、日終わらせたばかりだとうかがったのですが…。
雑誌の場合は、単なるインタビューか僕たちのフォトダイアリーが掲載されるだけなので、そこまで仕事らしい仕事はないのですが…。また、雑誌「Vice」とは、年に一回特集される「フォト・イシュー」で取り上げられて以来、継続的な仕事関係にあって、時々記事を書いたり写真の編集をしたりしています。中国政府に問題視されそうな時は別名で…。
僕の初めての大型広告キャンペーンとなるコンバースとワイデン+ケネディの撮影は面白かったですよ。大学では映画制作を勉強したので、詰まるところはもう一度監督というルーツに戻ることだったのですが、それも楽しかったです。でも、コマーシャルの撮影には政治が大きく絡んでくるということを身をもって知りました。

それについてもっと詳しく教えてください。
あまり説得力はないかもしれませんが、この企業は若手アーティストの支援もしているので、一部では本当に素晴らしい企業なんです。彼らは僕にこのチャンスを与えてくれただけでなく、北京のアングラ・バンドをモデルに使ったことで、大きなリスクを負っています。彼らはライアン・マッギンレーを使うこともできたのに、もっと地元の人間を欲しがったのです。
先方は僕にデジタルカメラを使った撮影を希望していました。でも僕はああいうものの使い方がさっぱり分からなかったので、僕を支援するカメラ・アシスタントを2名と立派なプロダクション・チームまで準備してくれたんです。だから僕はただ一枚撮ってみて、もしそれが暗すぎればアシスタントに調整するように渡せばいいだけでした。またカメラが結構重かったので、撮影をしていない時はアシスタントが持っていてくれました。ですが今こうしてお話ししていること以上に、もっと多くの作業がかかわっていたのですけどね。

MLDDについても聞かせてください。MLDDを解散した今、当面はどういったことを予定されていらっしゃるのでしょうか?
「モダン・タイムズ」は2008年の末まで続く予定ですが、写真をもう一度見ていて、少し冷たい感じがするということに気付きました…。今は友人やしばらくの間避けてきた自分の私生活のスナップショットを撮っています。お気付きだとは思いますが、僕たちのフォトダイアリー・プロジェクトは7ヶ月ほど前に終わっているのに、今もこうやってそれについてのインタビューを受け続けています。もしかすると、その時に僕は自分を人前に晒すことに疲れてしまって、マディとの関係が上手くいかなくなり始めたのかもしれません。あの当時、付き合い始めてからちょうど1年だったのですが、僕はもうこのストーリーをエンディングで締めくくったものと思っていました。ですが今また、あの別れやここ数ヶ月にあった色々な出来事のおかげで、僕たちのプロジェクトを終わらせるにあたって、もう一つエントリーを増やすべきだと考えています。

近い将来についてはまだ考えているところではありますが、もう長期プロジェクトはやりたくないということは確実ですね。本当にきついし、飽きやすいんです。今のところ、もっとカジュアルで分裂症的なことをやりたいのですが、引き続きインターネットをアートを見せるためのフォーラムとして使うことに焦点を当てていきたいと思っています。先月開催されたイエール国際モード・フェスティバルでは大いに楽しんできたのですが、自分の作品がハイ・アートのシーンにはあまりしっくりこないということに気付きました。インターネットはもっとずっと刺激的で、そこまで堅苦しくない場所なんです!

引き続きダイアリーの作品。© MLDD
あと日本に来る前日にマディにアパートを追い出されたので、住む場所を探すと同時に、自分がこれからも中国での暮らしを続けたいのかどうかも考えないといけません…。今は日本に移住することを真剣に検討しています。これまで東京で撮った写真は、ここ数年の自分の作品の中で一番の出来なんです。
それは大変そうですね…。ということは、東京に来たのもそれが理由ですか?
えーと…その質問には二通りの回答があるでしょうね。無難で模範的な答えと、多分かなり面倒なことになりそうなものと。でも後者のほうが面白いでしょうから、そちらでいきます。
先ほどお話ししたように、僕とパートナーのマディ・ジュウは世界中から10人の若手写真家を選ぶイエール国際モード・フェスティバルの写真コンテストに参加していて、そこで同じくノミネートされていて、僕が以前からファンだった日本の写真家の梅佳代さんに会ったんです。この時点で、僕とパートナーとの関係はあまりうまく行ってなくて、別れることも考えていたのですが、MLDDの関係で色々な縛りがあって…。
僕は佳代さんと仲の良い友人になり、彼女に「好意」を抱かずにはおれませんでした。ですがもちろんその時点での進展は何もなかったし、僕とマディとの関係はまだ続いていたので、進展しようもなかったのですが、その時に自分たちの関係を終わらせる時期だと感じました。それで、僕は佳代さんの気持ちを知りたくて日本に来たんです。でもイエールの後にまず一度中国に戻って、オリンピックの頃に発表される予定のコンバースのキャンペーンの撮影をして、パートナーとけりをつけなければなりませんでした。あの四川大地震は僕たちが別れた日に起きたのですが、何かの予兆みたいでした…。

これからマイ・リトル・デッド・ディックはどうなるのでしょうか…?
マイ・リトル・デッド・ディックは、僕たちのフォトダイアリー・プロジェクトだけでなくスタジオの名前でもありましたからね。これからもその名前を使えたらいいなとは思いますが、あまり良い別れ方ではなかったので、多分無理でしょうね。僕たちのウェブサイトは、すでに僕の承諾なしに閉鎖されています。どっちみち彼女も先日自分のサイトを閉鎖したようですし、僕が自分のサイトを始めるのはもっとアイディアが育ってからにしようと思っています。

では東京に話を戻して…。
この街は最高ですね。ここ1週間だけで、僕が過去2年間に中国で見たものよりずっと面白いアートに遭遇しています。東京はアイディアの坩堝ですね。
また今回の来日で何人もの憧れのヒーローとも会うことができました。ボアダムスのEYEとヨシミ、ジム・オルーク、あふりらんぽ、そして梅佳代。あとはビートたけしさんとアラーキーに会えれば完璧です。

日本の写真界の現状をどう思われますか?
日本には本当に素晴らしい写真家が大勢いますが、こちらでの写真は二つのまったく異なるカテゴリーに分類にされている印象を受けます。一つは生々しくてセクシャルなアラーキーの系統で、もう一つはもっと美麗で清々しくて可愛らしい、川内倫子などのリトルモアや出版社のフォイルがプッシュしてきた類のアーティスト。誤解しないでいただきたいのは、僕は今言ったどちらのタイプも好きです。ただマイ・リトル・デッド・ディックが人気を得るのに一番苦労した国が日本だったことについては、そういった現状が原因だろうと思っています。

ただ、一つ感じることは、日本は孤立したバブル状態から抜け出す必要があるということでしょうか。日本では、国内で人気を博することで満足するアーティストが少なくないですが、そこに留まらず、欧米で知名度を高める努力をすべきだと思います。特に彼らが生き残りたいと思うのであれば。西洋は今、日本文化に強い関心を抱いていますが、それでも国際的に活躍しているのは、村上やアラーキー、ボアダムスに川内倫子とほんの一握り…。今はインターネットという、世界中に発信するのにとても便利な手段があるのに!誰もが自分のホームページをバイリンガルにするべきだと思いますね。
例えば昨年、あふりらんぽというバンドをやっている古い友人と大阪で会った時に、彼女が写真家と結婚したことを聞かされました。あまり期待はしていなかったものの、彼女の旦那さんの佐伯慎亮さんと会ってみると、彼はお手製のアルバムで自分の作品を見せてくれたんです。友人宅のリビングでお会いしたのは若き写真の天才でしたよ!それなのに、ウェブサイトか何かを持っているかと聞くと、彼はパソコンも、メールアドレスすら持っていなかったんです。梅佳代も同じで、パソコンの使い方も知らないそうです。近頃の若い人は一体何をやっているのか!?彼らは自分の安全地帯から外の世界に一歩踏み出して、自分を知ってもらおうとするべきなんです。

パトリックさん。彼らの愛を綴ったフォトダイアリーの始まりは…© MLDD

…ここで終わりを告げる。© MLDD
なるほど、おっしゃりたいことはわかります。でも今日はここまでにしておきましょうか。パトリックさん、どうもありがとうございました!こちらに移住されるようなら、また東京でお会いできるのを楽しみにしています!
21 コメント
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グローバルというと日本の幼児期からの英語教育の必要性を感じるなぁ。
PS.で、ショコタンの英語サイトが急遽オープン。
それと投資とか経済の教育。
やはり国策でしないとなぁ。
Posted by: 山本 @ 7月5日2008年
Madi Juの新ウェブサイトありますよ↓
http://www.madiju.com/
Posted by: hirano @ 7月6日2008年
パトリックさんへ
確かにインターネットは世界中に発信できて便利だけど、インターネットと無関係な人やパソコンを持っていない人や使えない人には、無関係で存在しない世界で、バーチャルな世界でしかないということは忘れてはいけないと思います。
こういう人は、『知名度を高める』など関係なく、ただ自分の仕事を真にしているんだと思います。
メールがなくたって他の方法は沢山あって、世界中の人とコミュニケーションできます。
それから、特に写真を中心に仕事にしている人は、自分の作品と言うのは、本当の作品の前で鑑賞してもらって『なんぼ』と言うのを大事にしている人も十分にいると思います。
誰でも簡単にHPやブログを製作し、誰でも撮影した写真をネットに掲載でき、何処でも世界中の作品の映像を手に入れやすく、コピー(ダウンロードなど)出来る時代だからこそ、本来の『作品』や『作品鑑賞の状況』、『展示の環境』に拘り、お手製のアルバムで鑑賞者と直に向き合って対話をしながらというスタイルが『貴重な時間』だと真に思う芸術家や写真家というのはいると思います。
そして、アナーキースタイルで仕事をし『知名度なんかクソくらえ』といった感じで活動しているアーティストは世界に沢山います。そういう人や場面に出会ったときに受けるショックや感動は、ネット上の世界とは又違って身体的に伝わってくるものは大きいですよ。
Posted by: じゃむ @ 7月8日2008年
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Posted by: Patrick Tsai @ 9月13日2008年
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