グッバイ・マダム・バタフライ:日本における性と結婚

2008年2月15日 カテゴリー: イラストレーション, 国内

グッバイ・マダム・バタフライ:日本における性と結婚

川上澄江さんが日本社会について記した著書「グッバイ・マダム・バタフライ」(チン・ミュージック・プレスから刊行)のカバーを飾るなんとも愛らしい少女の絵。この表紙のイラストは、神保町で見つけた古いブックカバーから取られたものだという。(写真提供:Chin Music Press

日本には巨大な性風俗産業が存在する一方で、夫婦の間での性交渉は少ないらしい(コンドームで有名なデュレックス社が実施した調査では、日本人のセックス回数は世界最低という結果が出ている)。そんな状況を受けて、作家の川上澄江は過去2年間にわたって、11人の様々な日本人女性が紡ぐこういった日本社会の一面についての話を集め続けてきた。チン・ミュージック・プレスから出版された川上さんの最新作、「グッバイ・マダム・バタフライ:日本における性と結婚」には、そんな彼女らの性生活が赤裸々に綴られている。本日のPingMagでは、美しい浮世絵の作品をご紹介しながら、日本における男女関係の要について著者の川上さんにお話を伺ってみたい。

作:マヤ・ガートナー
訳:山根夏実


伝統的な浮世絵に描かれる日本の女性。(資料提供:日本浮世絵博物館

こちらも伝統的な日本女性の口絵。(資料提供:日本浮世絵博物館)

川上さんの本は極めてプライベートな内容になっていますが、何がこんなに多くの女性に心を開かせたのでしょうか?

この本でご紹介したストーリーは、多くの女性に取材した素材の中の、極一部です。私の原稿を読んで「どうしても納得できない」と掲載を拒否した方もいらっしゃったし、前述のように繰り返し修正を要求された方もいらっしゃいました。また、最終言語が英語ということで、英語の原稿を日本語の自動翻訳ソフトにかけて、自力で読まれた方もいらっしゃいました。たとえ匿名でも自分の話が本になるというのは、誰にとっても大変なことなのでしょう。お話をうかがうより、こうやって細部をすり合わせていく作業の方に、長い時間がかかったような気がします。

本に集録されたのは、基本的には出版することに納得していただいたストーリーだけですが、中には合格点すれすれのものも含まれています。また、編集の段階で、ページ数の都合上、大胆に割愛した部分もあります。そういう意味では、素材の中からふるいにかけられ厳選された「エッセンス」のようなものだけが、本として残ったといえるでしょう。

ただ一般論から言えば、人は誰しも、多かれ少なかれ自分の話を聞いてもらいたい、理解してもらいたいという欲求があり、それが恋やセックスといった内に秘めた話であればあるほど、誰かと共有したいと思うのではないでしょうか。

当時の伝統的な日本社会を描いた歌川国貞の浮世絵、19世紀の作品。(資料提供:日本浮世絵博物館)

率直にお伺いしますが、日本人夫婦の性交渉が少ないのはなぜだとお考えでしょうか?

大手製薬会社のバイエルが2006年に行なった統計によれば、インターネットによるアンケート調査に参加した30才から69才の男女823人のうち、38.8%が過去1年セックスをしていない、と答えています。セックスレスだと思うと答えた人の数は年齢によって大差はなく、30代でも47パーセント、40代で46パーセント、50代で50パーセントとなっています。


喜多川歌麿の「鮑取り」の一部。(資料提供:日本浮世絵博物館)

同じく喜多川歌麿の「鮑取り」の一部。(資料提供:日本浮世絵博物館)

それはすごい数字ですね…そうなる理由について聞かせてください。

私が取材した中でも、「夫とのセックスが面倒くさい」という女性が結構多かったですね。まず夫の帰宅も午前様が多く、次の朝も6時とかに起床しなければならないから、お互いとてもセックスする気にはなれない、というんです。実は本には書きませんでしたが、この本を書くに当たっては、セックスレスの男性にも何人か話を聞きました。その男性はまだ20代の前半でしたが、仕事が忙しく帰宅が朝方になることが多いため、帰宅して自分が寝るころになると妻が出勤のために起きてくるというんです。これではセックスどころではありませんよね。特に浮気しているというわけではないんですよ。ただ、彼に言わせれば夜の仕事も、「帰ろうと思えば帰れるけれど、夜勤務時間が終わってから人と飲みに行くのも仕事のうちで、妻には申し訳ないけれど、今は家に帰るよりは仕事を優先したい」というんです。で、週末になると買い物やらなんやらで一日が潰れてしまい、セックスというところまで進まない。普段あまり時間を取れないのに、セックスだけというわけにもいかないし、性的な欲求がないわけではないけれど、妻がいないときに自分で処理した方が楽だから、ということでした。


喜多川歌麿の「ビードロを吹く娘」。(資料提供:日本浮世絵博物館)

これは極端な例ですが、この夫婦はまだ結婚して数年しかたっていないんです。こんな生活が続いたら、10年20年後にはどうなっているのだろう、と。やはり男性側の勤務時間が長いこと、会社を出てからも「夜の付き合い」が多いことなどがネックになっているのではないでしょうか。疲れているんですよ、男性も。最近では子供が生まれても仕事を続ける女性も増えていますが、女性側も平日は子育てと仕事に追われてセックスどころではない、という家庭が多いのではないでしょうか。

それでは、多忙な仕事が一番の障害であると?

それから夫婦のコミュニケーション不足というのも一因でしょう。男性の生活が職場と仕事中心になるのと同様に、子供ができると女性側の生活は子供中心になってしまい、お互い接点が少なくなる。たとえば北米なら、男性が子供の学校や地域のボランティア活動に参加する、その経験を通して、家族の絆、夫婦の絆が強まる、ということもあるでしょうが、日本では子供の運動会にだって参加できない父親は多いですからね。物理的にも、夫は都心に通い、そちらが生活の主体になっていくのに対し、妻は子供の学校を中心とした半径せいぜい数キロの空間が陣地となるわけです。これでは夫婦の間も段々すれ違いになってしまうのも無理はないでしょう。

背景に男女の愁嘆場が描かれた口絵。(資料提供:日本浮世絵博物館)

そうやって気持ちも遠ざかってしまうのですね。夫婦の関係の中で何が変わってしまうのでしょうか?

「夫婦になると恋人というよりも家族の一員という感じになってしまい、セックスをする気になれない」という話もよく聞きます。日本の夫婦は、妻は夫を「パパ」と呼び、夫は妻を「ママ」と呼びます。カップルとしてよりも、親としてのアイデンティティが強いし、それを回りから要求されるんです。よく「日本には女か母しかいない」と言われます。これは、子供を生んだ瞬間に女から母になり、よく言えば神格化された存在として美化され昇華されるということですが、悪く言えばセックスの対象から外れるという部分もあるのではないでしょうか。


後藤宙外の「月に立つ影」より、英朋の口絵。(資料提供:日本浮世絵美術館)

同じく、こちらも英朋による典雅な女性の口絵。(資料提供:日本浮世絵博物館)

こういった事情は、おそらく他の国の社会でも見られると思うのですが…それ以外にも何かあるのでしょうか?

日本では幼い子供を挟んで夫婦が川の字に寝るという風習が残っていることもあり、セックスに不向きな住環境もあるかもしれません。とはいえ、同じように川の字に寝ていてもコンスタントにセックスする夫婦は存在するわけですから、やはり個人差が大きいでしょうね。


菊川英山の美人画。(資料提供:日本浮世絵博物館)

同じく菊川英山の作品。(資料提供:日本浮世絵博物館)

確かにそのとおりですね。では今問題となっている出生率の低下も、夫婦の性生活が淡白であることがそもそもの問題だといえるのでしょうか?

セックスレスの問題以前に、結婚しない(できない)男女が増えていることが一番の原因でしょう。もっとも少子化は日本だけの問題ではなく、お隣の韓国や、ヨーロッパのイタリアでも深刻化しています。同じヨーロッパでも、国が積極的に女性の社会進出や子供を育てやすい環境づくりを後押しているスウェーデン、フランス、デンマークなどでは一度落ち込んだ出生率を巻き戻していますから、日本も政策的な努力が必要です。

少子化問題を語る上での最大の元凶は、「女性は自分の仕事や趣味ばかりを優先して、子どもを産みたがらない」という論理です。最近では政治家が声を大にしてこのように論外な論理を振りかざすことはなくなりましたが、賃金や昇進の男女格差、子育て期の女性の劣悪な労働環境、専業主婦の社会的な孤立といった諸問題を放置している現状では、基本的なメッセージはこれと同罪といわざるを得ないでしょう。

しどけなく横たわる女性を描いた歌川国貞の浮世絵。(資料提供:日本浮世絵博物館)

それでは日本人女性は結婚や出産をどう見ているのでしょうか?

第一、統計を見る限りでは、多くの女性は決して子どもを産みたくないわけではないし、結婚せず生涯独身で楽しく暮らしたいと思っているわけでもありません。「結婚は面倒だから、私は一生一人で気ままな生活をしていきたいわ」と言えるほど、人生は楽しいことばかりでもないし、短くもないのです。仮に20代でそう思っていても、30代、40代へと進むうちに、「やっぱり結婚もしたいし、子どもも欲しい!」と言う女性が増えてきても不思議はないでしょう。積極的に結婚しない、子どもは産まない、と選択している女性は、むしろ少数派なのです。


喜多川歌麿の美人画。(資料提供:日本浮世絵博物館)

こちらも歌川国貞の19世紀の作品。(資料提供:日本浮世絵博物館)

確かに、こちらではある時期に差し掛かると、とにかく結婚といった感じになる女性もいますね…。

この数字を見ていただければ、結婚や出産の願望が、既婚か独身かに関わらず、日本人女性に深く根ざしていることがお分かりになると思います。結婚や性的な関係の問題はひとまず置いて、出産のほうに目を向けてみましょう。2004年3月に実施された厚生労働省の出生率低下に関する意識調査によれば、20歳から32歳の独身女性の54.7%が、そして33歳から49歳の独身女性の49.3%が、子供は2人産みたいと答えており、3人ほしいと答えた人はどちらの年齢層でも30%以上に上ります。その反面で、子供はまったくほしくないと答えたのは、20~32歳では5.3%、33歳~49歳でもたったの9.3%に留まっています。

引き続き歌川国貞の作品から、当時の有名歌舞伎俳優を描いた役者絵。(資料提供:日本浮世絵博物館)

ということは…?

多くの女性が子供を産みたいと思っていることは明らかです。なのに、なんでこんなにも多くの人々がその夢を諦めてしまうのでしょうか?一人一人に特殊な事情がある一方で、この統計は、晩婚化や未婚化の傾向、そして経済的な不安、不妊もしくはパートナーとの性行為の欠如が多くの女性から子供を産む機会を奪っていることを示しています。

他の社会にも見られる要因ですよね。ですが日本人の男性についてはどう思われますか?川上さんが集められた体験談の中には、いわゆるマザコン男性のお話も多いようですが…。

この本のお話は完全に女性側からみた男性像であり、男性側の視点から取材したものではありません。なので、この本に収められた男性像だけから「日本にはマザコン男性が多い」というのは飛躍かもしれませんね。日本人男性に限らず、男性には「男らしさ」が求められており、それにそぐわない男性はどの文化でもマザコンとレッテルを貼られてしまうところがあるような気がします。


喜多川歌麿の酒を注ぐ女性、18世紀。(資料提供:日本浮世絵博物館)

同じく歌麿の美人画。(資料提供:日本浮世絵博物館)

…それは社会における男女の役割の変化を受け入れるかどうかによると思いますが…。


橋口五葉の「髪梳ける女」、1920の作品。(資料提供:日本浮世絵博物館)

これは私の個人的な意見ですが、日本に限らず世界中の男性は多かれ少なかれみんなマザコンの要素を持っているわけで、特に女性からみればどんな男性もある程度はマザコンなんです。もちろんこれは妻の姑への嫉妬も含めて、ですが。

ただ儒教の伝統の影響もあり、妻か母かの究極の選択を迫られた場合、日本の男性は立場上母を選ばざるを得ないという特有の事情はあるかもしれません。西洋では妻を守ることがジェントルマンの基本とされていますが、日本ではそれ以上に親を敬うことが要求されます。たとえば嫁と姑のいざこざがあった場合、日本の男性が妻を諭すという行動に出るとします。これは妻を愛していないからではなく、「妻となった以上夫の家の事情を優先してくれ」という甘えもあるでしょう。これをマザコンと取るかどうかは別として、女性側もある程度は「夫の家に入る」という意識を持って結婚する。ただ、最近では妻の実家に同居する夫も増えているので、こういう考え方は徐々に薄れてきています。

徐々に意識が変わりつつあるということですね…。他にも何かあるのでしょうか?

また多くの日本の男性はコミュニケーションが下手ということも、女性側からの誤解を招く原因にもなっていると思います。特に「俺に黙ってついて来い」タイプに男性は、妻には上手に気持ちを伝えることができず、結果的に妻から見ると姑の肩を持っているように見えてしまうのかもしれません。今回は男性側の取材をしませんでしたが、もう少し男性の声も聞いてみたいですね。


喜多川歌麿の美人画。(資料提供:日本浮世絵博物館)

そしてこちらは歌川国貞の美人画、19世紀。(資料提供:日本浮世絵博物館)

ああ、それともう一つ。今回集められたお話によく出てくる「占い」というものを、川上さんは西洋の心理療法になぞらえていらっしゃいますが、占いに依存することで「運命とはあらかじめ決まっていてどうにもならないものだ」という、ある種の運命論に陥ってしまうものなのでしょうか?

占いもかなり個人的な志向性だと思います。最終的に信じるか信じないかはその人の価値観ですからね。ただ日本には古くから自然崇拝という伝統があり、星の動き、四季の移り変わり、潮の満ち引きなどの自然現象が人間に大きな影響を与えるという考え方が、西洋よりは一般化されています。また「気力」という言葉のように、人間が発する「気」=エネルギーの重要性も、心と身体が一体であるという考え方も、昔から普通の生活の中で信じられてきました。自然現象や、魂や祖先の霊というものについても、「忌むべきもの」「非科学手なもの」というよりは、生活の一部として捉えられる場合が多いような気がします。占いもその延長にあるのではないでしょうか。

作家の川上澄江さん。(写真提供:Chin Music Press

興味深い考察ですね!川上澄江さん、今日は日本の社会についてのお話をありがとうございました。川上さんの著書「グッバイ・マダム・バタフライ:日本における性と結婚」は、チン・ミュージック・プレスから出版されています。

4 コメント

  1. インタビューアーのマヤのほうに質問してやればいい。「マリアはヴァージンだったと思いますか?」「ヨセフはペドフェリアのセイントですよね?」「どうしてアメリカ人の離婚率は世界一なのですか?」「なぜ白人女は黒人の男とつきあっても結婚までは、しないのですか?」

    Posted by: Yako @ 2月16日2008年

  2. 鏡がお答えします。

    嘘を突き通す売春婦。
    女に傷つけられたトラウマ少年。
    自由競争とはオスの淘汰である。
    快楽のための能動型巨根奴隷は必要だが、少しでもハンデある子供で汚したくない。

    Posted by: 半社会適応型人格障害バスターズ @ 2月20日2008年

  3. 嘘を突き通す売春婦。
    女に傷つけられたトラウマ少年。
    自由競争とはオスの淘汰である。

    Posted by: ウィーク @ 3月22日2011年

  4. グッバイ・マダム・バタフライ:日本における性と結婚 good post1290

    Posted by: air multiplier @ 4月21日2012年

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