
1980年5月18日。イギリス北西部の街で、23歳の青年が自ら命を絶った。その青年の名前はイアン・カーティス。伝説のバンド、ジョイ・ディビジョンのフロントマンだ。彼の波乱に満ちた人生を描いた映画「コントロール」は、U2、デビット・ボウイ、ビヨークなど様々なアーティストを撮り続けてきたフォトグラファー、アントン・コービンが監督を務める初の長編作品。今年3月の日本公開に先駆けて、本日のPingMagでは、先日来日したアントン・コービン監督の記者会見、そして都内のホテルで行われた単独インタビューの様子を紹介しよう。
作:チエミ
1月10日、東京・銀座アップルストアで行われた公開記者会見。質疑応答では、作品についてはもちろんのこと、ジョイ・ディヴィジョン・ファンと思われる記者のマニアックな質問や、ロックスターのカリスマ性についてなど、様々な質問が飛び交った。
記者:作品を見てまず驚いたのは、これがモノクロ映画だったということです。今作をモノクロにした理由は何でしょう?
モノクロにすると制作費が安くすむからだと思っている人が多いようですが(笑)、実際はそうではありません。私の記憶の中のジョイ・ディビジョンがモノクロだったのです。実際、彼らはいつも黒っぽい服を着ていましたし、当時撮影されたジョイ・ディビジョンの写真は、全てモノクロでした。また、私にとっての70年代のイギリスのイメージがとても灰色なんです。ですので、モノクロにするのが正しいと思いました。

記者:この映画は2人の女性や複数の視点から描かれたものですが、原作はその一方の女性、イアンの妻のデボラ・カーティスによって書かれたものです。ストーリーをまとめてゆく中で、苦労された点はどこでしょう?
確かにこの映画はあの本を映画化したものではありません。あの本は、情報源として非常に重要な役割りを果たしていました。生前のイアン・カーティスは映像での取材を全く受けていませんでしたから、映画を作るにあたって私達はあらゆる情報が必要でした。彼の母親、妻、愛人、トニー・ウィルソン、バンドメンバーなどから情報を集めることで、イアン・カーティスの人間像を浮かび上がらせようとしました。しかし、それはなかなか困難で、特にニューオーダーに関しては3人の記憶が全く異なっていました。もちろん、遠い昔の話ということもありますが、80年代にはドラッグが蔓延していましたからね…(苦笑)。ですので、3人のうち2人が同意すれば、それは事実とみなしました。

記者:今作は本当に素晴らしい仕上がりになっていますが、何か影響を受けた作品はありますか?
撮影中は影響を受け過ぎないように、あえて映画を見ないようにしていましたが、ある時、気にして見た作品が一本だけあります。それは、ケン・ローチ監督の「ケス」という作品です。その作品の主役の少年の演技力は、ドキュメンタリーかと思わせるほどのもので、私はサム・ライリーにもそのような要素を望みました。
記者:この作品は、時には静かで、時には荒々しい、そのサウンドの使い方が非常に印象に残りました。サウンドデザインに関して注意した点を教えて下さい。
確かに音に関しては、生のライブパフォーマンスに聞こえるように何度もミキシングを行うなど、細心の注意を払いました。しかし、これは音楽映画ではないのです。私はこの映画で純粋なアプローチを試みました。多くのシーンには全くと言っていい程、音がありません。最近の映画は常に大きな音で音楽が流れているものが多いですから、このような作品は珍しいのではないでしょうか。個人的には、そんな部分がとても気に入っています。音が静かな方がストーリーに集中してもらえるでしょうし。

記者:なぜイアンは今でも人々にとって、それ程まで特別な存在なのだと思われますか?
彼は偉大な詩人でした。ですから、多くの人が今だにジョイ・ディビジョンを聴くのでしょう。妻のデビーに関しては、彼のことをどう思っているかは分かりませんが、彼は彼女の全てだったのでしょうし、さよならを言うことすら出来ませんでしたから、今でも何か心にひっかかっているだろうとは思います。ニューオーダーのメンバーは、功績を残した活動を若い頃に共にした仲間ですから、きっと忘れることはできないでしょう。

…単独インタビューは記者会見の前日に行われた。非常に背が高く、スラリとしたコービン監督は、親しみやすい笑顔で私達を迎えてくれた。インタビューの途中、テーブルの下にあった「VOGUE NIPPON」を手にし、「以前、彼女は隣に住んでいたんだよ。とてもいい子なんだ。」と表紙を見て言うのでチラリと覗くと、そこにはケイト・モスが写っていた…。
PingMag:プロフィールには、1979年の11月9日にロンドンでジョイ・ディビジョンのライブをご覧になって、その翌日からバンドの写真を撮るようになったとあります。この映画を制作する前と後で、ジョイ・ディビジョンの存在はコービン監督にとってどのように変わっていきましたか?
元々は、ジョイ・ディビジョンの生まれた場所に近づく為に英国に移住したぐらいですから、彼らは私にとって非常に重要な存在でした。その後、二度、彼らの写真を撮る機会がありましたが、イアンが亡くなった時に、彼らとの付き合いもこれで終わりだと思っていました。ところが、そこから再リリースされた「Atmosphere」のビデオ制作の話が来たり、「コントロール」という素晴らしい映画も作ることが出来たので、今ではすっかりニューオーダーのメンバーとも仲良くなりました。

では、この作品のオファーが来た時の、コービン監督の正直なお気持ちをお聞かせ下さい。物語の主人公が思い入れのあるジョイ・ディビジョンのイアン・カーティスであることで、何か特別な気持ちになりましたか?
本当のことを言えば、最初は断るつもりでいました。もし私がこのような映画を監督すれば、人々はきっとそれを「ロック映画」と呼ぶでしょうし、そうなることで多くの観客を遠ざけてしまうだろうと思ったからです。しかし数ヶ月経って考えが変わりました。自分がこの映画の監督を務めるべきだと。なぜなら、ジョイ・ディビジョンは私の人生において、それほど重要だったからです。ある意味で、私は自分の為にもこの作品を手がける必要がありました。
イアン・カーティス役を探すために人気のある俳優も含めた大規模なキャスティングを行ったと伺っていますが、最終的には当時英国北部の工場で働いていた無名の俳優、サム・ライリーを起用しました。その時、監督が彼の中に見出した主役になり得る魅力とは何だったのでしょうか?
まずひとつ否定しておきたいのは、確かにイアン役のキャスティングの為に数人には会いましたが、噂になっているジュード・ロウには会っていませんし、彼の起用も考えたことはありません。サム・ライリーの魅力は、彼があまり俳優らしくなく、人間らしかったところです。実際、私が彼に出会った時、彼の人生はそれほど特別なものではありませんでした。ですから、イアン役がサムに決まった時、彼は全ての時間をこの役作りに費やしました。作品の撮影は、ある時は23歳、ある時は17歳、ある時は悩みを抱え、ある時は幸せで…と全く時間に沿わずに行われましたが、サムはどの時のイアンも演じ切りました。この作品を見れば誰もがサム・ライリー以外にあの役をこなせた人はいなかったと思うはずです。

写真撮影では被写体の最高の“一瞬”を切り取りますが、今回は一人の人間の“人生”を2時間もの映像にするというものでした。高い完成度を保つ為に、製作において常に注意していた点があったとすれば、それは何でしょう?
元々、私は映画製作に興味がありました。以前にキャプテン・ビーフハートの短編を作りましたが、それは彼らのことが好きだったという理由と同時に「これは自分しか出来ない」と確信したからです。今回もその気持ちは常に持ち続けていたと思います。また、この作品はイアン・カーティスの映画ではありますが、自分ではラブ・ストーリーを撮ったつもりでいます。制作中は、見た人がそのように感じてもらえるように心がけていました。
生前のイアン・カーティスさんとも面識があり、彼の人生を描いた映画製作を終えて、今現在は彼がどのような青年だったと思われますか?
確かに私は以前よりも彼のことを多く知っています。英国に移り住んだ時、私は英語をあまり話せませんでしたから、実際にイアンに会った時も彼とはあまり会話することは出来ませんでした。その当時、彼はシャイではありましたが、良い人なんだろうなという印象は受けました。しかし今回、彼の妻が書いた本を読み、関係者に会ううちに、彼に違う面があったことに気づきました。彼は良い人でもありながら、何でも自分で決めたがるコントロール・フリークで、ちょっと嫌な面や、攻撃的な面もあり、用心深い人でもありました。ですので、後になってイアンともっと会話をしておけば良かったと後悔しましたよ。でも、人の記憶って本当に変わってしまうものなんですよね。フッキー(ニューオーダーのピーター・フック)があるインタビューで「アントンは僕達の友達で、イアンの友達でもあるんだよ」と言っていたのを覚えています。たった2回会っただけで、私はろくに会話もできなかったのに、友達と言えるとはとても思えませんでした。イアンが本当にそう思ってくれていたなら、光栄ですけれどね。

では最後に、今イアン・カーティスさんに何か一言伝えられるとしたら、何をおっしゃいますか?
イアン、君はバカなやつだ。でも、君がこの作品を気に入って、誇りに思ってくれれば素晴らしいよ。
「コントロール」は、短い人生を駆け抜けた一人の青年と彼の恋愛模様を描いた、本当に素晴らしい作品でした。この作品がより多くの人に見てもらえることを願っています。アントン・コービン監督、ありがとうございました!
【お知らせ】
アントン・コービン監督による「コントロール」は、今年3月15日より、渋谷シネマライズほか全国で順次公開です!
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試写会に行ってきました。単にミュージシャンの映画ではなく、苦悩する一人の人間を描いており、深く心に訴えてきます。もちろんJoy Divisionの曲はその深さを更に心の中に刻んでいきます。
Posted by: Ryuichiro Louis Iijima @ 2月20日2008年