
日本独自の伝統楽劇、能について、皆さんはどれだけご存知だろうか?本日のPingMagでは、これまで知らなかった能の話や聞きたくても聞けなかった疑問にお答えするために、著名な能楽師であり、日本能楽会常務理事である金春安明(こんぱる・やすあき)さんのお稽古場にお邪魔して、この豊かな伝統文化のいろはを指導して頂いた。
作:メグ・カイズ
訳:山根夏実

まず、能とはどういったもので、日本での起源はいつ頃なのでしょうか?
600年ほど前に、劇作家の世阿弥元清とその父、観阿弥が確立させたのが能楽です。能は猿楽と田楽の要素が混じり合ってできたもので、田楽は今でも地方のお祭りや田植え踊りとしてみることができます。猿楽は中国の散楽が日本に渡って猿楽となったもので、平安時代から室町時代にかけて流行しました。鎌倉時代には能が政府によって管理されていなかった為に、14世紀に世阿弥が能楽を完成するまでは、田楽と猿楽のはっきりした区別はありませんでした。実は、世阿弥の娘が嫁として金春家に嫁いでいます。
その後17世紀から19世紀にかけて、能は徳川幕府の援助を受けて、侍の芸能として栄えました。建前としては武士階級の芸能だった能楽ですが、奈良では商人、町人、農民が薪能(たぎのう)と御祭りを見ることができましたし、京都では能を見たがった天皇にもお能を見せていました。戦後の日本では60年代から本格的な大衆化が始まり、それ以来能は幅広い観客に支えられています。

それでは伝統が全てなのですね…。
多分、アメリカ人よりもヨーロッパの人のほうが血統や一族を重んじる日本の伝統を理解できるのではないでしょうか。日本には親が商人なら子も商人といった、生まれながらの階級制度がありました。今日でも、私たちは能の伝統を次の世代に繋ぐという強い使命感と義務感を持っています。
能楽はどうやって日本の芸能の中でここまで重要な位置を占めるようになったのでしょうか?
能は14世紀の世阿弥の時代から16世紀にかけて古典芸術として発展し、それ以降は上流・知的階級が一般教養として学ぶようになりました。現代の日本人は、美しい装束、能面や作り物に美を感じながら、古典芸術として能を楽しんでいます。また、能の文学的な要素も関係していると思います。
能を舞う時の動作について教えてください。舞の所作には霊的な要素もあるのでしょうか?
まず、能は室町時代の神道と仏教の要素を吸収したもので、謡、節、そして抽象的で特定の意味を持たない動作で表現されます。能の舞と型の多くは、特に何かを暗示しているわけではありませんが、その曲の雰囲気や人物の気持ちを表しています。ですから、私はそういった感情を簡素な所作で表現するように心がけています。

金春安明さんが子方として舞台に出すことを決めた子供たち。(写真:Meg Kaizu)

子供たちのお稽古には母親も金春さんの隣に同席する。(写真:Meg Kaizu)

そういった簡素な所作はどのようにして生まれたのでしょうか?
私たちにもわかりません。その起源についての研究はされているようですが…。
そこまで抽象的になった理由は?
なぜここまで簡素化、様式化されたのかについてもあまり分かってはおりません。観客は台詞や謡で物語を理解し、演者の抽象的な動作でもその内容を把握しますが、そういった動作の所々に表象的な所作が含まれています。全体としては、演者の動きは雰囲気を作り、その抽象的な動作の中で表象的な所作が生きてくるのだと思います。
次は基本的なことについて聞かせてください。金春さんはどのように能を習い、どういった教育を受けてこられたのでしょうか?
能を習うのに教科書は必要ありません。能楽を始めてからは、父から話し方や謡、舞を学んだのですが、10年ほどお稽古をすると自然に舞えるようになっていました。幼稚園に行く前に、自然に話せるようになっているのと同じではないでしょうか。その頃には家庭で必要な言葉や発音の仕方、文法などを覚えているものです。
舞台での独特の芸風のようなものはありますか?
私を含む伝統的な能楽師や囃子方の多くは、過剰な演出を好みません。能は誇張された演じ方、舞い方を敬遠するものなのです。私としては、あまり考えすぎずに話し、謡い、舞うのが良いのではないかと思います。
舞台で霊的なものを感じることはありますか?
いえ、私はそういう気持ちになることはありません。人それぞれではないでしょうか。

伝統には確立された決まりや作法があって身に付けるのが難しいと思いますが、能もそうだと思われますか?
それは人それぞれではないかと思います。私自身は完全に自由な芸術にはあまり向いていません。私はまだ読んだことがないのですが、ドイツ人心理学者のエーリヒ・フロムが書いた「自由からの逃走」という本があります。この問題についての議論は興味深いかもしれません。
貴重な能面をお持ちだとお伺いしましたが…。
こちらには古い翁の面(おもて)[タイトル・イメージ参照]があって、聖徳太子が彫ったものだと言われています。それは単なる言い伝えですが、鎌倉時代にまで遡ることができるようです。その面を包むのに使っている布は、豊臣秀吉から賜ったものだと言われています。
現代的な影響という点において、能楽界の将来をどうお考えですか?
私の弟子の中にはギターやピアノを使った現代の舞台を上演したいというものもいて、私も特に反対することはありません。彼らはこういった新しい試みを自分自身の責任において模索しています。私自身に関して言えば、私は職人であり、伝統を次代へと繋いでいきたいと思っています。ですから、新しい形式を模索するよりも自分の芸を磨くことを重視していて、そこに特に変化が必要とされているということはないと考えています。

金春安明さんが舞う「杜若」の一場面。(写真:辻井清一郎)
それは、あらゆる意味においてですか…?
弟子が新しい媒体と共演することを否定はしませんが、同じ伝統の一部だと誤解されやすい三味線や尺八を使うことにだけは慎重を期しています。
それでは、能の変化を否定する気は全くないのですね?
変化を避けて通ることはできませんが、能には長い間受け継がれてきた伝統というものがあります。実は最近、“能の復興”とも言える動きがあって、能の原点に帰るべきという意見も聞かれます。ですが私は能自体が伝統の中で生まれたものである以上、その必要はないと考えています。
とはいえ、伝統は受け継ぐのが難しいもので、能も例外ではないと思いますが…
難しさに関して言えば、他の形式と何ら変わりはありません。こちらには今も多くの若い演者やお客様がいますし、能楽は政府の支援も受けているので、絶えてしまう心配はしておりません。

銀座のビルの狭間で行われる伝統芸能。毎年金春通りで開催される金春祭り。(写真:辻井清一郎)

祭りの期間中に銀座の町で舞う金春安明さん。(写真:辻井清一郎)
では、より身近なところで、能とは誰にでもチャレンジできるものですか?
勿論です。能は性別、国籍を問わず、誰にでも習えます。ですが、能を演じることに興味を持つ方は減ってきています。昔は、能は武士階級にだけ許されたもので、第二次世界大戦以降にも男性の演者にしか舞えませんでした。それが今では女性の玄人さんもおりますし、こちらには白人の玄人さんも一人いらっしゃいます。
日本で実際に能を習ってみたい方はどこに行けばいいのでしょうか?
能の教室は日本中にありますし、近くの能楽師に申し込むこともできます。例えば、私どもの金春円満会でも教室を開いていますし、ホームページで公演の案内なども行っています。また東京藝術大学の音楽学部でも能を教えており、社団法人能楽協会や国立能楽堂にも教室があります。
公演はどこで見られますか?かなり特別なもので、お金もかかる印象があるのですが…。
能は高いというイメージがあるようですが、それは違います。チケットが高くなるのは特別公演の時だけで、定例公演は大抵が5000円くらいで学生割引もあります。能は自然なものですから、大々的に宣伝することはありません。能の中の武士の魂ですね。

海外で能を見るにはどうしたらいいですか?
海外の方にとって一番簡単なのは、当然YouTubeだと思います。あとはNHKからも能のDVDが何枚か発売されています。ちなみに、私もお稽古ではDVDを使います。実際に舞台で演じる前に、弟子が私や他の有名な能楽師の舞台を参考に出来るように見せています。
これまでの能の海外公演での体験について教えてください。
こう考えてみてください。能と海外のお客様の間には何千キロという大きな距離がありますが、その一方で能と現代の日本人との間にも600年の歳月が横たわっています。要するに、そういった意味では、海外のお客様と日本のお客様でそう大きな違いがあるわけではなく、誰もが能の様々な局面を楽しむことができるのです。初めてのお客様は、理解できるようになるまで何回か見てみることをお勧めします。
最後に、毎年8月に東京で行われる金春祭りについて教えてください。
金春祭りは、今では銀座の毎年夏恒例の行事となっていて、過去23年間に亘って金春円満会と金春通りの商店街の人たちの手で行われてきました。金春通りで能を舞うこの行事は神事で、奈良の薪能や御祭りに由来しており、その日のみ神が地上に降り立つといわれています。奈良では薪能・御祭りは年に2回、春と秋に見ることができます。金春家には豊臣秀吉より贈られた金春稲荷があり、これが江戸時代に銀座に移されたのが由来でこの祭りが行われるようになりました。
金春流80世宗家の金春安明さん、今日は日本の豊かな伝統のお話をありがとうございました!
13 コメント
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「霊的」な「芸風」って・・・・
Posted by: 単純にインタビュアーが不快 @ 9月22日2007年
1-”Kiyotsune”no jumbi to iu shashin ha “Okina”no butai no shashin desu.”Okina”ni kagitte butai no ue de Okina-men wo tsukeru no desu.Konotoki ga “Reiteki na henshin” to iu hito mo imasuga sore ha okyakusama ga sou goran ni nareba yoi node,watashi ga “kamigakari-reiteki henshin”ni narukoto ha arimasen.2-”hakujin”no gaikokujin no puro ha Komparu-ryuu deha naku,yosono ryuugi no hito desu.
Posted by: teisei 2 koumoku @ 9月22日2007年
舞台で後見に翁面を着けてもらっている写真は『清経』ではなく、『翁』です。英語版では、すでに『翁』に直してもらいました。中啓の扇を笛の形に口に当てている写真はもちろん『清経』です。
Posted by: 金春安明 @ 9月22日2007年
上のローマ字の「訂正の2項目め」は白人の外国人の玄人さんというのは金春流ではなくて他所の流儀のプロ、という書き込みです。
Posted by: 金春安明 @ 9月22日2007年
「単純にインタビュアーが不快」様:インタビュアーが英語で原稿を書き、日本語は別の人が翻訳したとか。英語の方も見てから不快かどうか決めてください。「もっと不快になった」としたらば、それはそれで仕方が無いですが。
Posted by: 金春安明 @ 9月22日2007年
訳者に責任転嫁ですか?
Posted by: 単純にインタビュアーが不快 @ 9月22日2007年
面白かった。
能の綺麗な衣装と音楽が好きです。
3回くらい渋谷の能楽堂で見たことがあるけど、
もっと好きになりました。
うっとり。
でもたまに眠くなるのがネックでした(笑)
自分まで夢と幻の世界に行ってどうする…
Posted by: びび @ 9月23日2007年
眠くなるのは良いことです。舞台が下手だと、神経を逆なでされて、眠くなりません。眠っていらっしゃるお客様が舞台から見えても、出演者は不愉快にはなりません。
Posted by: びび様へ金春より @ 9月24日2007年
Posted by: 単純に"単純にインタビュアーが不快"が不快 @ 9月25日2007年
英語が苦手なので、取り敢えず『翁』に直して頂いたのは良かったのですが、あれは準備ではなく、素顔で舞台に出て、一謡い有って後、舞台上で「翁面」を後見に付けてもらうのが『翁』の古風・特徴なんです。こんな複雑な事は英語で書く自信が有りませんので、Megさん、英語の方もなおしてくださいまさんか?
Posted by: 金春 @ 9月26日2007年
英語の方も直して下さいma sE n ka ? でした。
Posted by: 金春 @ 9月26日2007年
[...] 能について知っていますか? [Link]PingMag [...]
Posted by: 物語を届けるしごと | yousakana blog - 能について知っていますか? @ 6月14日2011年
benı begen
Posted by: goruntulu sohbet @ 7月22日2011年