アーテクニカ:魅惑の手作りリサイクル・デザイン

2007年7月20日 カテゴリー: インターナショナル, プロダクト, 環境・福祉デザイン

アーテクニカ:魅惑の手作りリサイクル・デザイン

アーテクニカの「デザイン・ウィズ・コンシエンス」コレクションより。グアテマラで手作りされているエマ・ウッフェンデンとトード・ボーンチェ作「トランスグラス」。

環境に優しいデザイン?もちろん大歓迎!だけど、一体どこから手をつけるべきなのか。カリフォルニアのデザイン・ユニット、アーテクニカは有毒性のある原料を放棄して、自社の生産を途上国で再生素材を使って手作りするヘラ・ヨンゲリウス、カンパーナ兄弟やトード・ボーンチェなどによる一流デザインに切り替えた。彼らのこの「デザイン・ウィズ・コンシエンス」プロジェクトについてもっと詳しく知るべく、PingMagもアーテクニカの創始者のエンリコ・ブレッサンさんに同行してお話を伺った。

作:ベレーナ
訳:山根夏実


アーテクニカの創立者のエンリコ・ブレッサンさんとタハミーネ・ジャヴァンバフトさん。

2002年に「デザイン・ウィズ・コンシエンス」プロジェクトを始められたきっかけは何だったのでしょうか?

元々アーテクニカは1986年にデザイン・スタジオとして始まりました。私はエンジニアリングを学んだ後に建築家になった人間で、妻のタハミーネは画家兼美術教師でしたから、一緒に仕事をするにあたって建築とインテリア・デザインのコンサルタント業を始めました。環境に優しい建築に目を向けるようになったのは、そういった環境で建築の仕事をするようになってからです。発展途上国でのプロジェクトが特に興味深く、財団にも所属するようになりました。

その財団のために、地球に優しいプロダクト・デザインや建築プロジェクトを開拓されたそうですね。それ以外にもブラジルやドミニカ共和国、カリフォルニアなどでデザイン学校との共同の取り組みもあったそうですが、ここにカリフォルニアが入っているのはなぜなのでしょうか…?

カリフォルニアには財団があるのと、そこでイラン人建築家のナダー・カハリリと彼のカルアース地球芸術・建築研究所に協力して環境に配慮した建築を行う建築家たちに出会ったからです。彼の技術の一部はドミニカ共和国での避難所建設のために財団に導入されましたし、私自身もカリフォルニアで研修コースを受けました。そこでさらに環境維持やエコ的な手法に興味を持つようになり、自社の製造にその哲学を丸ごと取り込むことを決断したのです。まずは、プラスチックでリサイクルが非常に難しく、製造過程でも有毒物質を排出する樹脂の使用をやめることにしました。ですが樹脂の使用を完全にストップしたら生き残れないだろうことも分かっていましたから、段階に分けて徐々に他の素材に移行しつつ紙やガラスセラミックなどの環境に優しい素材を増やしていきました。

南アフリカで作られているスティーブン・バークスの「TaTu」の製造者達。「ボツワナから亡命してきたウィラードという男が、写真撮影のために金属製のワイヤーを編んで作ったコーヒーテーブルを持って、スティーブンに“このテーブル作りが実現するなんてまだ信じられない。絶対にありえないと思ってた。”と笑顔で打ち明けるんです。」とエンリコさんは振り返る。

それも問題の一つですよね。綺麗なものは時に環境に有害なことがありますから…。

正にその通りです。環境を考慮すると、あらゆる方面で制限されてしまうんです。その瞬間に、それまで色々な形や色や透明度を作るのに使っていた主立った原料が問題外になってしまうのですよ。

スティーブン・バークスの「TaTu」テーブルと椅子。南アフリカで一つずつ手作りされているこの作品は、ワイヤー製で風通しが良い上に雨風にも強い。

製造場所を発展途上国に移す決断をされたのはいつだったのでしょうか?

原料に別のものを使用することを決断した時です。効率性とクリエイティブな見地から、創造的なアイディアを市場に活かせるインフラをデザインすれば面白いだろうと思いました。


ヘラ・ヨンゲリウスの「ビーズ&ピース」を作るペルーのシピボ族の女性。

では「デザイン・ウィズ・コンシエンス」のミッションについてお伺いしますが、発展途上国で手作りのデザイナー製品を作る理由をもう一度教えていただけますか?

人々は、手作業で作られる製品がなぜ大切なのかを理解する必要があります。ですが、その方法の方がよりお金がかかるのは確かでしょう。

リサイクルの方が安く済むというのは間違った認識です。現在の製造は量を重視し過ぎて、同時にそういった類いの製造が助成されているのが現実です。手作業でリサイクル素材から物を作る場合は、市場の様々な経済力とせめぎあうこととなり、結果として製品の価格は上昇せざるをえません。ですが、他に選択肢があるでしょうか。最終的には、戦争や紛争が引き起こす大量の人口流出や移住で地球温暖化は進み、その対価は何らかの方法で支払われなければならないでしょう。そうなると事態はより政治的になります。私たちも、今の時点ではまだ経済の現状に翻弄されるデザイン会社として、丁度良いバランスを見つけようと苦心しているところですが、希望の兆しがない訳ではありません。それというのも、メディアや消費者の強いプレッシャーによって大企業が急激に意識を高めているのです。中国でも私たちの製品を自主的にビニールではなく紙で梱包してくれるお店が出てきています。商品のために余計にお金を使っても構わないという人々の存在は、とても素晴らしいことだと思います。必要最低限以上の犠牲を払うことを厭わない人たちという意味ですから…。今度は私に質問させて下さい。これの何が興味深いのでしょうか?

ヘラ・ヨンゲリウスの「ビーズ&ピース」に縫い込まれたビーズ。

ペルーで手作業で作られている「ビーズ&ピース」。

今は環境維持が大きな話題を呼んでいますし、この活動にカンパーナ兄弟、ヘラ・ヨンゲリウスやトード・ボーンチェといった著名なデザイナーも協力していらっしゃいますので。例えばカンパーナ兄弟の「トランスネオマティック」は、文明の残滓であるタイヤを籐と上手に調和させた素晴らしい作品ですよね。やはり意識して同じ考えを持ったデザイナーを探していらっしゃるのでしょうか?

いえ、偶然の出会いがもたらしているものなんですよ。コラボレーションの話はアート業界、産業デザイン業界やグラフィック・デザイン畑など、様々な筋から持ち上がります。思想やコンセプトが調和しているかどうかは、大抵の場合は事前に分かるもので、それが一番上手にやっていける方法でもあります。

「ビーズ&ピース」の完成品。ヘラ・ヨンゲリウスの作ったセラミック製のブーケ。

そもそも、デザイナーとのコラボレーションの原動力になったのは何だったのでしょうか?


カンパーナ兄弟の「トランスネオマティック」ボウルに使用されるベトナムのタイヤ。

インスピレーションの一部は、アイントホーフェンにあるデザイン・アカデミーと、そこで2002年にヘラ・ヨンゲリウスが始めた「人道的なデザインと地球に優しいスタイル」というプログラムから来ているかもしれません。ですが一緒に仕事をしようと思った理由は単純で、私がヘラに「環境に優しい人道的なデザインは、あなたの中でも重要な位置を占めているはずだから、私たちのために何かデザインをしてもらいたい。けれども、このプロジェクトは発展途上国の職人を使って実行されなければならない」と言ったからです。彼女はこういったタイプのデザインや製造の考え方を非常に大事にする人なので、私たちの考えに賛同してくれました。また、彼女は作品の「ビーズ&ピース」でビーズ細工を請け負う地元の女性たちのシンボルも使用しています。手仕事をコラボレーションと分かち合いのプロジェクトとして尊重してくれる彼女のアプローチは、アーテクニカの考え方にとても近いものです。視覚的に人々を魅せたいと思うし、彼らが作る作品にも愛着を持って欲しい。デザインとアートが人々を団結させるものであると私たちは確信しています。

カンパーナ兄弟の「トランスネオマティック」。スクーターの古タイヤと籐で作られたボウル。ベトナムでは国民の足とも言うべきスクーターが大量の廃タイヤを出していることと手工芸の高い技術があることから、アーテクニカはこの制作に取り掛かった。

もう少し掘り下げたことをお聞きしますが、アーテクニカでは商品の大半をどこで作っているのでしょうか。

ほとんどがアジアか南アメリカで作られていますが、言うまでもなく中国が製造の大きな部分を占めています。基本的に、私たちは自社製の樹脂製品の使用から地球に優しい素材へと移行し、そこから様々な素材を扱うことができるそれぞれの製造業者に外注するというコンセプトを作り上げてきました。一番楽な、高い生産性を持つ業者に外注を増やす方法で始めはしたのですが、私たちの作るものには全て独自の規格があるので、どの業者も普段作っている製品とは全く別のものを作るために対応を余儀なくされますし、中にはその変更のために技術を絞らなければならない業者もあるかもしれません。ですから、製造者のほとんどから、私たちの商品は最も難しいものの中に入ると言われます。

トード・ボーンチェのシャンデリア「カム・レイン・カム・シャイン」は、ブラジルのホシーニャにあるスラムの女性の協同組合によって作られている。「ここでは麻薬売買の摘発を告げる爆音が響く中、武装警官の小隊の間を裸足の子供たちがボロ布で作られたサッカーボールを蹴って走り抜ける。そういったものに手を止めて目をやる場所なのです」とエンリコさんは話す。

製造の過程自体はどういった仕組みになっているのでしょうか?こういうユニークなものを作れる人は多くはないでしょうから、大量生産はできないでしょうし…。

基本的には異なるタイプの製造者がいて、大きな製造設備を持つものもあれば、技術を誇る職人のコミュニティと言ったものもあります。手作業で仕事をするのは緩やかに組織化された製造者のグループで、こういった人々には事業としての基盤はほとんどありません。より専門的で高い製造会社を相手にしているのであれば、当然輸出入も全て社内でやってくれて楽です。私たちも最初は全て自分たちで作っていたのですが、こういった生産体制に移行してからはそれもできなくなりました。あと、市場に対して急激にコストが上がってしまうことを考えると、アメリカで何かを作るということも全く不可能になりました。


トード・ボーンチェの「カム・レイン・カム・シャイン」シャンデリア、白バージョン。

どのようにして一定の労働環境を保証されていらっしゃるのでしょうか?また、環境問題に関しては中国以外にペルーにも行かれたそうですが…。

ヘラ・ヨンゲリウスの「ビーズ&ピース」でのペルーのシピボ族とのコラボレーション時は、元々は外部の財団と、ブラジルに行って製品を開発するという学生の修学旅行から始まったもので、そこから様々な非営利団体とコンタクトするようになりました。私たちは、才能ある生産者の多くがグローバルなアート市場の仕組みからはじき出されていると感じていました。それに加えて、環境、工場の様子、そこでの人間関係等を常に自分たちの目で確認したいと思っています。ですから中国まで行って、既にMoMAのグリーティングカードを作っている工場を訪れて、そこの労働基準やその時の仕事を見ることもします。全てが完璧であると言い切ることはできませんが、あるものを最大限に活用する努力はしますし、その過程において素材を再生する方法を提案して、現在の状況に対して最善の手段を使うように働きかける努力をします。あと、伝統的な工芸の技が消え始めているので、工芸品の生産と職人への便宜を図ることも考えていかなければと思っています。

再生されたビール瓶やワイン瓶。グアテマラで手作りされているエマ・ウッフェンデンとトード・ボーンチェの「トランスグラス」。

エンリコさん曰く、「グアテマラ人の職人ジョヴァンニが、数え切れないくらいの失敗を重ねた末に、ようやく地元のゴミから発掘したシャンパンのボトルを美術館クラスのピカピカの花瓶に変身させた時の、あの瞳に宿ったマヤの輝きは忘れられません。」

アーテクニカのPDFカタログに掲載されている旅日記も面白いですよね。トード・ボーンチェとエマ・ウッフェンデンの「トランスグラス」のためにマヤに行かれた時のことや、あなたの経験がとても情緒的に綴られているだけでなく、作品を作る過程について色々と語られていますよね。そのことについて少し聞かせてください。

あれは私の旅行の中で、事実を少なからず覚えておくために付けているものです。当初の訪問の一部は、ビールやワイン瓶を再生して作る「トランスグラス」というプロジェクトの構想を練っていたトード・ボーンチェと一緒に行きました。この商品は見習い職人にも教えて実行できるという点で理想的な製品でした。グアテマラで地元の人達と連絡を取り合っていたものの、ほとんど冒険と言っても差し支えなかったでしょう。まあ、これはいつものことですが。

プロジェクトというものは、私たちが会う人にそれを作る意志、能力、意欲、そして必要性があるか否かに成功がかかっているので、私たちにも実現させられるかが全く分からないのです。そうでなければ材料不足という現実にぶち当たることになります。ふとしたことでプロジェクトそのものが駄目になることもありえるのです。でも、私たちがどうにか続けていけばいくほど、多くの人々が手を貸してくれるようになっていますし、それがまた人々に安定した職に就けるという安心感か、もしくは好きな仕事に就けるという希望を与えることになります。しかも、作り上げた作品はグアテマラの通りの片隅でアメリカからの観光客に売られて終わるものでもない。

また同じ質問になってしまいますが、このプロジェクトはどういう経緯で持ち上がったのでしょうか?

私たちはある時点で、この冷たいガラスを切る製法や手工芸の知識は、完全に滑らかな磨きガラスができるようになるまでにかなりの時間がかかるだろうことに気付きました。職人が1つや2つの製品を完璧に作れるようになっても、工程を維持するのに必要な数百、数千の製品で同じことができるだろうか、そういう現実に行き当たるのです。そこで、客にとっての価値と職人にとっての価値、そして色々なキャパシティの最善のバランスを見極める必要性が出てきます。そうした時に、私たちが進出するような国ではインフラもまだ発達しておらず、物品の輸出入も難しい。そこで足りない材料があれば、当然それも輸入しなければならないという現実に直面します。最終的には、数千個もの試作品を作った時点で唐突に障害が現れるものですが、あとは皆で頑張るしかない。本当に、愛のなせる業なんですよ…。

エンリコ・ブレッサンさんと南アフリカの職人たち。

意識的な愛情の努力は、私たち全てにより一層の影響を与えてくれるもの。アーテクニカのエンリコ・ブレッサンさん、ご自身の哲学のお話をありがとうございました!

2 コメント

  1. 「TaTu」テーブルと椅子が、ほしい!
    素敵なプロダクトと、途上国がつながることに
    興味津々です!

    Posted by: satoko @ 7月24日2007年

  2. タイヤのボウル、ビンの花瓶。創作ではなく、廃材の再利用自体が目的という印象を持ちました。既に出てしまった廃品を別のものに加工して再び消費者に返す事に意味があるでしょうか。これではビンやタイヤの生産された量、これから生産する量、増える廃品の量に変化は生まれません。商品の流通(トラックが原油を使い、大気汚染を及ぼし、梱包にも大量の資源とそれを生産するために、、)による環境汚染と資源利用、生産に要するエネルギーも大きいと思います。さらに、これらの商品もいずれ捨てられる事を考えるとなんの解決にもならないと思います。ビジネスとして見ると原価は安いですし、途上国での雇用が目的ならば価値があると思います。お金は発生するでしょう。しかし、環境と資源という観点ではむしろマイナスなのでは?

    Posted by: ithink @ 7月26日2007年

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