羽生生純:衝撃を与え続けるマンガ家

2007年7月6日 カテゴリー: マンガ, 国内

羽生生純:衝撃を与え続けるマンガ家

パンクなホームレス3人+女が「町内宇宙パトロール」の使命に燃え、無軌道に奔り回る物語。
ワガランナァー」より ©羽生生純/エンターブレイン

羽生生純(はにゅにゅう・じゅん)は、2004年ヴェネチア国際映画祭正式出品作品の映画「恋の門」(松尾スズキ監督)の原作漫画を描いた人だ。1991年のデビュー以来彼は、純粋であり下世話、アナーキーでありリアル、そしてバイオレンス、エロス、斬新な笑いがカオスとなった世界を容赦ない表現で濃厚に描いてきた。超常現象雑誌の編集者、サイバーホームレス、貧乏芸術漫画家とコスプレオタクOL、沖縄ヤクザとヒットマン、崩壊ギリギリの家族、ガンダムサラリーマン、孔子の弟子…あまりに飛んでる登場人物達が不思議と現代社会を映し出し、その作品にはクリエーターのファンが非常に多いと聞く。今日はディープな羽生生ワールドの秘密を知るべく、彼のテリトリーである高円寺商店街の店でお話を伺った。

作:ノリコ

孤独なボクちゃん、実はれっきとした警察署長。「ワガランナァー」より ©羽生生純/エンターブレイン

まず、羽生生さんの無類な世界観はどのように創られてきたのでしょうか?

絵を描く欲望は小さい頃から強くあって、広告の裏の白いところに四六時中絵を描いている様な子だったみたいですね。高校生くらいでマンガを知って、その後8ミリ映画制作にものすごく熱中するようになりました。映画か漫画のどちらをとるかという進路選択の岐路に立った時、絵もお話作りもどちらもやりたかったんですが、それに一番近いのが漫画だったんです。


右からテーさん、ヨメン、一人旅。「ワガランナァー」より ©羽生生純/エンターブレイン

羽生生さんの作品から、映画のようなコマ割りやアングルを感じる理由はそこにあったんですね。

ちゃんとしたマンガ読みじゃなかったんで、例えば当時は皆が読んでた少年ジャンプとかはあまり読んでいなくて。いざ自分が書くとなった時に人と違うことをやらないと自分が目立たないし、差もできない。普通のマンガの構成を真似してちゃダメだと思って、自分が撮りたい画面をマンガに移すみたいな感覚でコマを割っていったら、あんな風になっちゃったんです。


初期の短編集「強者大劇場」。 ©羽生生純/エンターブレイン

では、その頃影響を受けた作家さんはいらっしゃいますか?

その都度パクリまくっているっていうか、模倣の上にしか成り立たないんですけど(笑)。今思いつくのは高校の時にしりあがり寿さん、大友克洋さん、つげ義春さんとかの本をカバンに入れて登校してました。あとありがちですけど、太宰治も読んでました。 映画はちゃんと見てなかったですけど、アニメとか特撮とかホラーとか、それぞれからいいとこ取りしてました。

その後マンガ家を目指して東京の専門学校に入られ、その半年後にはもう雑誌の漫画賞に入選されていますが、早い段階で完成度の高い作品になっていたんですね。

それも突拍子も無い事を狙ううちの一つで、メジャーなマンガ雑誌に応募せずに、あえてコンピューター雑誌の漫画賞に応募するという、自分を目立たせる作戦がたまたま功を奏したんです。自己顕示欲がものすごくて目立ちたい気持ちがバックにあったんだと思います。

超常現象の黒幕は、ラブリーな不思議ちゃん老夫婦。「サブリーズ」より ©羽生生純/エンターブレイン

「サブリーズ」より ©羽生生純/エンターブレイン

その頃の作風は?

殆ど今と変わらないです。絵のタッチは、Gペンでゴリゴリ筆圧がもろに出ているような山田芳裕(やまだよしひろ)さんの初期の作品の影響が大きいかったと思いますね。あと、マンガからの影響だけじゃ面白くないと思って、エゴン・シーレの画集を買って来て一冊丸々ノートに真似して、咀嚼(そしゃく)して…そんなことで絵が固まってきました。

賞をお取りになった後すぐにお仕事は来ましたか?

いえ、成り行きで賞を取ったけど、繋がらないから長野に帰ったり、また上京したり。1年程バイトしてちょこちょこ描いていたら仕事が来たので、そういう意味では大変さはなかったです本当に。

その頃から中央線沿線にお住まいのようですが、この辺りが元々演劇や音楽、漫画家の方が多く住んでらっしゃる場所だからでしょうか?

いえ、漠然とは知っていましたけど。実際には竹熊健太郎さんに拾っていただいて、初めて一緒に週刊連載を始めた時に彼が三鷹に住んでらして、毎週編集者の方とだべりながらネタを出すやり方だったんで、まず近場の阿佐ヶ谷に暮らしました。それからこの沿線から逃れられなくなってかれこれ10年以上…(笑)。業界の大きな傘の隅っこから絶対外れたくない、外れないぞっていう根拠の無い自信っていう、ちょうどいい塩梅の点がこの沿線のポジションだと思いますね。


恋の門」のエンディングの原画。これにトレーシングペーパーを掛けて…。©羽生生純/エンターブレイン

トレーシングペーパーの上に文字の白抜き部分を貼り、印刷の指定をする。©羽生生純/エンターブレイン

ネームを切り貼りして原稿完成。 「恋の門」より ©羽生生純/エンターブレイン

生原稿は黒ベタの部分にムラも見える。「青(オールー)」より ©羽生生純/エンターブレイン

ところで、最近のマンガの描き方はどのようになさってますか?

2年前の「アワヤケ」から全部デジタル入稿で、タブレットで全部やっています。

とてもナチュラルなペン画のように見えますが。

要はへそまがりで、なるべくデジタルの楽な処理の誘惑を断ち切って、デジタルの意味が全くない使い方をしようとしています(笑)。段取りはまず、編集の方と打合せの後データの形でネームを切って(台詞等決めて配置する事)それをチェックしてもらい、そのファイルを下書きに、レイヤーでペンでゴリゴリ描いて、トーンを貼ってフォトショップのファイルで送るという、完全ペーパーレスにしてます。

制作現場は意外にすっきりきっちり。

「アワヤケ」の表紙。デジタル入稿の最初の作品「アワヤケ」は、2005年より月刊コミックビームに連載開始。次々と災難が続く淡谷家は、全く売れないイラストレーターの父・大惨事と、編集者で格闘技に目覚める母・乗子、高校生の長女・ポニー、そして思春期の中学生で長男の淡谷、悩める保育園児で次男の合体で構成される。ネーミングも最高!脇役達のキャラもいい味が出ている。©羽生生純/エンターブレイン

長女ポニーは絶対的に女性に恵まれないキモイ男性に「愛のボランティア」を施す女子高校生。
「アワヤケ」より ©羽生生純/エンターブレイン

ポニーに「愛のボランティア」を施された一人、廃品回収業の是非豊はのちにヒットチャートを駆け上る事に。「アワヤケ」より ©羽生生純/エンターブレイン

ストーリーや構成はどのように決めていらっしゃいますか?

まず連載が始まる時に大まかな流れを決めます。例えば「恋の門」(2000年連載開始)という作品の場合は、途中どんなに大変でも無理矢理にでもラストはハッピーエンドにしちゃおうって決めて、あとは毎月の回で物語の上がり下がりを決めていくってパターンですかね。俺の場合、キャラクター自体に感情移入はまったくなくて、物語の奴隷の様に使ってますね(笑)。

「恋の門」の主人公、超貧乏な蒼木門は、漫画を石の配列で描く。©羽生生純/エンターブレイン

恋乃のコミケでの自主制作マンガの制作費が15万円と聞いて、あまりに高額でショックを受けてしまう門だが、毎回純利益が100万円と知り、恋乃との収入の格差を思い知る…。コミケってそんなに儲かるものなのか…!「恋の門」より ©羽生生純/エンターブレイン

作品の登場人物の設定も編集者の方と決めているのでしょうか?

無駄話の流れで決まることが多いですね。「恋の門」の場合は、最初に違う趣味を持った人同士が一つ屋根の下で暮らして上手くやっていけるのかという疑問が自分の中にあったんです。その頃「オタク」が社会的にも認知されて広まり始めた頃だったんですけど、俺は「オタク」の生態に共感できなくて、でもできないなりに、じゃあどうやって恋愛するんだろうって想像したくなった。つまり、自分が興味を持った事が話になるかどうかを考えながら作っていくんです。


コスプレが趣味でコミケで漫画も売っているOL恋乃と芸術漫画家門とのディープな恋物語には、オタクな人々もリアルに描かれている。
「恋の門」より ©羽生生純/エンターブレイン

「恋の門」より ©羽生生純/エンターブレイン

羽生生さんは俯瞰(ふかん)で物事を見ているというか、色々な業界の事もとてもクールな目で描ききっていると思いますが、その辺りはいかがですか?

やっぱり傍観者にしかなれないというか。お話を作るという仕事は、一回机の上に置いて冷静に見た上で、並べ直して他人に見せるという作業が必要で、結果的にどうしても引いた目線に成らざるを得ないと思います。


「青(オールー)」より ©羽生生純/エンターブレイン

だからステレオタイプな事じゃなく、極端な狂気と平凡なものとか同時に存在する混沌とした現実を映し出す事にもなるんですね。

どちらかの肩をもたないようには気をつけています。お話を作りたいという欲望の根っこには、自分が中心になれないから変なことする人が羨ましい、何を考えているか知りたいという好奇心から始まって、自分が弾けられないから、弾けている人を描きたくなるという、一種の変身願望かもしれないです。

過去に大ヒット作を持ちながら描く事への熱が冷めてしまった漫画家。ヤクザの抗争に自ら飛び込み「人を拳銃で撃つ」行為に熱をあげていく。彼は次第に現実世界のシナリオを描き始め、物語は壮絶な終焉に向かって突き進んで行く。「青(オールー)」より ©羽生生純/エンターブレイン

狂気のドライブ感で「暴力」「漫画」「純愛」をテーマに描いたピカレスクの傑作。この緊張感と感動は大人でないと味わえない必読もの!「青(オールー)」より ©羽生生純/エンターブレイン

2001年に「恋の門」が文化庁メディア芸術祭推薦作品に選ばれたり、同作が松尾スズキさん(劇団「大人計画」主催)によって映画化されたり、かなり注目を浴びるようになって、どんな風にお感じになりましたか?

映画化の話が動いている時はすでに次の「青(オールー)」という作品に入っていたので、気持ち的には他人事のようでしたね。嫁いだ娘が、嫁ぎ先で溺れている子供を助けて表彰されて褒められてっていうのを、遠くで見ながら「ああ偉いなー。」という感じで。(笑)松尾さんとは映画化される時に初めてお会いして、自分が何も考えずに適当に描いたようなものに結果的にこんなに人が動いちゃって申し訳ないなーって感じでした。(笑)

実写版をご覧になっていかがでしたか?

そもそも映画とマンガって違うメディアだから、作り手の考え方がモロ出しされてるような、自分の味で作り替えて下さる方がいいなと思ってたので、松尾さんで良かったです。要はこっちもあるけどこっちもあるよ、みたいなやり方ができるんでね。

ところで、現在連載中の「陋巷に在り(ろうこうにあり)—顔回伝奇—」(デジコミ新潮「com2」連載)は酒見賢一さん原作の古代中国のお話ですが、どういった経緯でお描きになることになったのでしょうか?

成立まで数年かかって、やっと今年始動したんです。新潮社さんの出版小説の中から選ぶ時に、どうせやるのなら自分がやった事のないものがいいと思って、興味のなかった古代中国にいっちゃったんですよ(笑)。原作は長大な歴史小説なんですが、恋愛の話みたいな部分があるのでそこをピックアップして、俺が古代中国の話を描いたらこんな感じになるよって提示できればいいなって思っています。


究極のガンダム好きは会社へもガンダムの格好で出勤するようになり…。「俺は生ガンダム」より ©羽生生純/角川書店/創通サンライズ

「俺は生ガンダム」(角川書店ガンダムエース」連載)は主人公がガンダムの格好をして出勤するサラリーマンですが。

ガンダムエースは、ガンダム好きな人が読む専門雑誌なんですが、その中に異質な作品を入れるという目的でやっています(笑)。編集者の人には割と喜んでいただけるんですけど、読者の方には、何だありゃ!っていうのが多いですかね。

羽生生純ファンは、今度どういう題材をどういう風に描ききるのかという期待をしていて、「こうきたか!」とその期待を裏切らない羽生生さんの表現にまた感動さえ覚えてしまうのだと思います。

そういう風に喜んでいただけるように頑張りたいなと思います。


いかにも高円寺らしい雰囲気のカフェ「七つ森」でインタビューさせていただいた。

最後にサインとサラサラっと似顔絵まで書いて下さった心優しい羽生生氏。

今後も羽生生作品に注目していきたいと思います。今日はお忙しい中、貴重なお話をどうもありがとうございました!

2 コメント

  1. すごい、すごい!
    羽生生純、覚えておきます。

    Posted by: ぴろりん @ 7月10日2007年

  2. この人大好き

    Posted by: あ @ 8月12日2007年

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