
先日、ソニックユースのギタリストで詩人でもあるリー・ラナルドと、映像作家のリア・シンガーによるDVD「DRIFT」の発売を記念して、彼らのライブ・パフォーマンスが東京のスーパーデラックスで行われた。1991年から世界中のギャラリーで発表されてきたこの作品の初来日公演では、2台のプロジェクターから映し出された映像に音と詩が重ねられ、それによって生まれた幻想的な雰囲気が満員の会場を包み込んだ。今回は、素晴らしいパフォーマンスを披露してくれたお二人に、今回の作品「DRIFT」にまつわるお話を聞いてきた。
作:リョウコ
写真:セバスチャン・マイヤー

まず、お二人はいつ頃から一緒に活動し始めたのですか?
リア:私達が知合った頃のニューヨークには小さなクラブが沢山あり、即興的な音楽や映像などが盛んに行われていました。私も当時、即興演奏に合わせて映像を流していたんです。1989年のある時、ニューヨークのニッティング・ファクトリーで行われた「手作り楽器フェスティバル」で、私はキュレーターを務めることになりました。そこで、リーは自ら作った映像に合わせて演奏をしていたので、彼と友達になったんです。その後、一つのショーを一緒にやってみようということになり、それ以来ずっと一緒に活動しています。

今回DVDとしても発売された「DRIFT」は何がきっかけで作られたのですか?
リア:私たちは私の映像に合わせてリーが即興で演奏するというスタイルのライブ・パフォーマンスを中心に行っているのですが、これは私達が共に活動してきた過去15年間の作品の集大成と言えます。昨年の11月にニューヨークで私達の大規模な個展を行ったのですが、その際にギャラリーの関係者からオファーを頂き、この「DRIFT」という作品が出来ました。

お二人のライブパフォーマンスについて聞かせて下さい。パフォーマンスはどのようなものなのでしょうか?
リー:僕たちのパフォーマンスは大体の流れしか決まっていないんです。パフォーマンスを行うごとに、僕らはフィルムの順番やテキストの内容、また音の出し方を変えてみたりして毎回違う事をする。そうするとその度、新しい発見がある。映像や音といった大きな要素となるものを並べ、また重ね合わせたりたりして、そこから起こる偶然性に期待しているんです。

ニューヨークの音楽の歴史には、エクスペリメンタル音楽というのがあって、元々僕らはその音楽と他の何かを組み合わせてみたら、どうなるかをやってみたかったんです。例えば、僕の書いた言葉に音楽を合わせたり…つまり、映像の層、言葉の層、音楽の層といった様々なレイヤーを創造することです。そうすることで、オーディエンスは、時には映像を見て、時には演奏者を見て、時には音を聞いたりしているから、それぞれの見方が異なりますよね。

リア:また、私のプロジェクターは古いので時々アクシデントも起きるのですが、同時に予想もつかない効果を生み出してくれます。パフォーマンスを行う目的の一つは、見ている人にその意味を自由に捉えてもらうこと。私たちの作品は、物語を語っているのでもないし、ストーリー性のある映画でもない。それはもっと詩や俳句のような抽象的なものなのです。
偶然性に期待しているとおっしゃっていましたが、今回の作品「DRIFT」の中で起きた偶然性はどのようなものかを聞かせて下さい

リア:例えば作品の中で、人形とラスベガスの白黒の映像が並んでいる場面があります。その二つの映像は意図して撮られたものでも、同時に撮られたものでもない。それまで、私は人形に対して「可愛い」「大切にされている」といったイメージを持っていたのですが、作品の中に出て来るその人形はニューヨークのある通りにボロボロの状態で捨てられていたんです。その様子に、私が持っていた人形に対するイメージは一変にして覆されてしまいました。その姿はとても怖くて悲しかった。私は、二つの相反する要素を持ち合わせるもの、つまり、両義性のあるものに強く惹かれます。例えば、可愛いと同時に、怖かったりするものや、悲しいけれど、楽しかったりするもの。ですからその人形が持っていた両義性に惹き付けられて、この写真を撮りました。そこで、以前に撮ったラスベガスの写真を見た時、私の頭に「朽ちていく美しさ」というストーリーが浮かびました。ハリウッドの女優は、若い頃は脚光を浴びるけれど、年を老うと全く相手にされないようになる。このようなストーリーがこの人形から思い浮かんだのです。

並べ足れた靴を撮影している時にリアの前を横切った男性。
つまり、人形とラスベガスが偶然シンクロしたという事でしょうか?
リア:その時はです。意図的では全然なかったのですけど、その写真を見つけた瞬間そういったストーリーが浮かびました。他にもこのような例をあげると、こちらの「靴」と「リチャード」の映像。この靴はきちんと揃えて、路上の階段の上に並べてられていた。私がその靴を見た時「この靴の持ち主に一体何があったのか」「何故この靴は並べてられているのか」と、いくつものストーリーを想像しました。それからその靴をカメラで撮っている際に、見知らぬ男性が突然前を横切りました。その瞬間、その男性の存在が靴と結びついてしまったのです。
リー:僕の作品に、もう疎遠になってしまった昔の友人のことを書いた「リチャード」という詩があるんですが、ある時その靴と男性の映像に「リチャード」の詩を重ねる事によって、その瞬間彼がリチャードとも取れるようになった。このように、僕らの作品は小さな事や意図的ではない偶然の出来事が集まって作られているのです。

リア:そう、全く別の物なのに、何処かに相乗作用や関連性が存在する。また、この靴の隣に壊れた消防車の写真を置くと、そこにも繋がりが見えてくる。例えば、この壊れた消防車は、休日にリーと森の中をドライブしていた時に見つけたものなんです。「こんなところに一体誰がどうやってこの壊れた消防車を運んだのか?」といった、あの靴にも抱いたような疑問をこの消防車に感じました。また、この靴と消防車の写真を見比べると、靴が二足、タイヤが二つ並んでいる点にも何らかの繋がりを感じるのです。

「マザー&チャイルド」は、元々私の友人が撮った微笑ましい親子の映像なのですが、私はそのフィルムをネガティブな色調にして再度カメラで撮り直しました。するとその写真は、初めの光景とはかけ離れ、ネガティブな印象のものになり、更にそれをプロジェクターを通して逆回転で映し出してみると、その映像が母親が子供を押しているかのような残虐的なシーンに見えたのです。本当は子供を押してなんていないのですが、見方や感じ方が違うだけで真逆のものに見えてしまうことがとても興味深いと感じました。

リー:この作品「DRIFT」(=流されること)の意味はまさにそういった事なのです。先ほども言ったように、人によって観たり聞いたりするものは異なり、また歩んで来た人生も違うので、何と何に繋がりを見つけるのかも変わってくる。要するに、各々の捉え方があるのです。この作品は、ある部分で瞑想的な意味を含んでいるとも言えますね。
リア:ですので、私はショーの後でオーディエンスからの感想を聞いてみたいんです。彼らには彼らの捉え方があるから。この作品には明確なストーリーは必要ではなく、あなたがそこから何を思うか、どう感じるかという事が重要なんですよ。

この作品の中で最も印象的な部分のひとつに、9.11の事件をモチーフにした映像がありました。あの事件を取り上げたのには、何か理由があるのでしょうか?
リア:あの事件が起きた時、私達は自宅から子供達を学校に送っていく途中だったんです。自宅は現場から3ブロックしか離れていないので、ビルがこちら側に倒れてくる可能性も十分にありました。私達はなんとか車で安全な場所へ逃げることができたけれど、あれは私達にとって紛れもない現実だったんです。本当に恐ろしい体験でした。あの事件があってから、たった一枚の写真を除いて、しばらくショックで何も撮ることができませんでした。
リー:僕達はその後、避難していた僕の母親の所から、1ヶ月後の10月にまたニューヨークに戻って来ました。もちろん街には事件の傷跡が生々しく残っていて、ビルは崩壊し、煙が立ち上り、銃を携えた兵士も沢山いて、そんな状況でも人々は会社や学校に行き、日常を過ごそうとしていました。ある時、僕はそれまでと同じように新聞を買いに出かけたんです。そしてペーパー・ボックスにお金を入れて出て来た新聞を手に取ると、その新聞の日付は9月11日になっていた。そしてその日付を見た瞬間、一気にあの日の記憶が鮮明に蘇り「皆が生き延びようと必死な時に、誰が新聞なんか読むんだろう?」と思いました。
僕はこの経験を詩にしました。ニューヨークは私達が生活している街なのです。そこには沢山書かれるべきことがあったのに、脱ぎ捨てられた靴の山について書く人など誰もいなかった。だから僕は他とは違った側面からこの事件を書き留めようとしたんです。

リア:これは、ティッカーテープ・パレードといって、例えばヤンキースが優勝した時などに、ビルから紙ふぶきが撒かれるニューヨークの有名なセレブレーションの写真です。私たちはすぐ近所に住んでいるので、パレードが行われる度に、家の屋根からその光景を写真に収めていたんですね。ある日、私はふとその写真に目を通しました。するとその瞬間、強い衝撃に襲われました。あの事件の日にビルから沢山の紙が空中を舞っていたあの光景とシンクロしたのです。だから、その写真とリーの詩を一緒にしてみたんです。その写真が意図して撮られたものではなくても、こうやって人は自分の中にある記憶や考えで物事を関連づけてしまうんです。

アーチの向こうにそびえるツイン・タワーは、NY市民であるリーとリアにとって居場所を教えてくれる大切なランドマークだった。

こちらのワシントン像は、今では新しいものに変わってしまったそう。朽ちてゆく姿が痛々しい。
左の写真はDRIFTには入っていないのですが、9.11の事件の前に撮ったものです。ワールド・トレード・センターは私達の日常の景観から消えてしまったランドマークで、いつも私達の居場所を教えてくれていた。この写真も、しばらくは撮ったことにすら気づいていなかったんですよ。これは、ある意味ワールド・トレード・センターに対するトリビュートでもあります。そしてこの作品は私たちのパーソナルな歴史でもあるんです。ですから、私たちはそれを子供達に伝え、そしてその子供達が大人になった時に自分たちの子供達に伝えていくためのもの。この作品は決して、テロについてを語っている訳ではないんです。

「DRIFT」より。

リー&リア(Photo by Sebastian Mayer)
では、最後にメッセージをお願いします。
リー:この作品を自分の目で見て、そして耳で聞いて、自分なりの結論を出して下さい。そして、私達のパフォーマンスやDVDを見た皆さんの意見をぜひ私達にも聞かせて下さい。
リーさん、リアさん、今日は貴重なお話を聞かせて頂いて本当に有難うございました!


「DRIFT」のパフォーマンスより。(Photo by Martine Cotton)

「DRIFT」のパフォーマンスより。(Photo by Martine Cotton)
インタビューの3日後に行われた彼らのライブ・パフォーマンスで、「ギターを弾くかのように、プロジェクターを回す」と語ったリアの映像は、彼女自身の動きを映し出す人間らしいものだった。また、それに合わせて語られたリーの詩は力強く、そして即興で演奏されるサウンドはまるで彼の心の叫びのように見る者に訴えかけてきた。私はインタビューで二人が語ったように、目の前のパフォーマンスに自分なりの思いを馳せ、様々な感情を抱いた。
二人の作品のご覧になった方はぜひ、その感想をお聞かせ下さい。(英語ページのコメントはご本人達が直接ご覧になります!)そして、今回リー&リアの素敵な写真を撮ってくれたセバスチャン・マイヤーさん、本当にありがとうございました!
1 コメント
ウェブマガジン「PingMag」及び、姉妹サイト「PingMag MAKE」は、2008年12月31日をもって休刊いたしました。これまで応援して下さった世界中の皆様、またご協力頂いた皆様に、心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。
PingMagの姉妹版、日本のモノづくり情報を世界に発信中!
PingMagから大切なお知らせ
2008年12月31日
板谷龍一郎:色鮮やかでユーモア溢れる世界
2008年12月29日
マギボン:YouTube発のネットアイドル
2008年12月26日
ベネデッタ・ボッロメティ:たくさんの元気をくれる不思議な絵
2008年12月24日
中銀カプセルタワービル:未来の建築
2008年12月22日
花村えい子:キュートでポップな60年代の少女マンガ
2008年12月19日
日本のハイテクトイレ事情
2008年12月17日
アミューズメント:アートやファッションと融合するゲーム文化
2008年12月15日
HIROCOLEDGE:現代に溶け込む新たな伝統
2008年12月12日
瀬戸正人:ビンラン売りの甘い誘惑
2008年12月10日










kabul ettırcesın
Posted by: goruntulu sohbet @ 7月25日2011年