
ポーランド人、モリシー・ゴムリッキは、メキシコを基盤にアーティスト、パフォーマー、作家、コレクター、そしてデザイナーとして、幅広い分野で活躍している。彼の数多くの興味深い企画の中でも、今回紹介するのは「PINK NOT DEAD!」のプロジェクト。これまでに、彼は2つの大きな展示会(ワルシャワとメキシコ・シティで1回ずつ)で「ピンク」という現象をあらゆる形、色合い、香りや音として表現してきており、ピンク・ブログでは、「ピンク」と共にする生活のイメージを日常的に集めている。最愛の色とフェチズムという面においては、モリシーは留まるところを知らず、ピンクの棺やピンクのセックスショップまでデザインしている。彼がなぜそこまで「ピンク」にのめりこむのか、そして表面的には形だけの明るさに見える裏に何があるのかを聞いてきました!
作:ウレシカ
訳:山根夏実
モリシーさん、まずは簡単に自己紹介と、どのようなことをなさっているのかを説明してください。
私はアートを学んで、今もその分野で仕事をしていますが、アート自体が目標であるとは考えていません。私にとってのアートは、むしろアイディアや陶酔感を伝えたり具現化するための場や機会であると思っています。

教養と大衆文化の間の紙一重が私の舞台であり、自分には人々の意識を事象として方向付け、文化的な融和を創る能力が少なからずあるものだと自負しています。私は鬱的な素性(ポーランド人なので)の出身だからか、自然と快楽主義者になっていました。人生は発展的な性質のものですから、私は生きることが大好きです。まだまだ人生を楽しみ足りないという思いです。
「Pink Not Dead!」の全体的なコンセプトはどんなものなのですか?
コンセプト自体はピンクの声明文を読んでいただくことで理解できると思いますが、基本的にPink Not Dead!は一つの現象、もしくはカテゴリーとしての「ピンク」の追及と評価に焦点を当てた、多次元的なプロジェクトです。

「Bordello Dream」モリシー・ゴムリッキ、オブジェ、2006年。写真:MG

「Anal Shield」モリシー・ゴムリッキ、アクリルオブジェ、2005年。写真:MG

「Concrete Lace」モリシー・ゴムリッキ、インスタレーション作品、2006年。写真:MG

「Pink Infinitum」ホルゲ・コバルビアス、インスタレーション作品、2006年。写真:Jorge Covarrubias

「Male Fantasies #3」モリシー・ゴムリッキ、静止画、2005年。

「Kissing Fields」イリアン・ゴンザレス、静止画、2005年。
ピンクは、一方では楽園、歓び、幸福やその残滓、歪み、そういったものが次々と移り変わる様を追求するものです。しかし、更に広義の意味においては、PND!は一見非常に単純…むしろ軽薄そう(地理文化的な傾向次第で、簡単に受け入れられたり拒否されたりする)なものの本質が、実は複雑且つ奥深いのだと指し示すものです。
体験を与え、記録を遺すこと以外のこのプロジェクトの総合的な目的は、利用者や参加者からある種のダイナミズムを引き出すことでした。彼らの内面感情的なピンク・エネルギーを起動して、誰もが持つピンクの潜在意識を覚醒させること。

では、どうやってそのピンクさを表現したのですか?どのようなアーティストが参加していて、どういった芸術作品が生み出されたのでしょうか?
私は、このプロジェクトを様々なレベルで展開するというアイディアが気に入りました。例えば、もし私がピンク色のフルートを見かけたか作った場合、ただそれをファウンド・オブジェ-所謂「見出されたもの」として他のピンクのものと一緒に並べて展示するのではなく、その楽器を使ってフルート奏者に「ピンクな音楽」を演奏してもらうほうが遥かに実り多いだろうと考えたのです。こういった精神の原動力、アーティスト、パフォーマー、オブジェやそれらの新しい活用法が次々と思い浮かんでは積み上がっていって、止まる所を知らないかのようでした。


招待された参加客の輪は、通常こういったビジュアルアートのプロジェクトから想像されるものよりは遥かに広く、アーティスト以外にも科学者、哲学者、心理学者、作家、漫画家、ファッション・デザイナーなどが多く含まれていました。
メインのイベントはガラッシュ・ガレリア(メキシコ・シティ、2006年1月~2月)とCCAウラズドフスキ・キャッスル(ワルシャワ、2006年4月~5月)で行われた2つだそうですが、これについて聞かせてください。イベント自体はどのような感じに受け止められていたのでしょうか?
どちらのショーでも、講義、映画、投影、ダンス教室やピンク・パーティーといった一連イベントが伴っていたのですが、そこでの活力自体が面白かったです。最初にメキシコで行われたイベントでは、年明けの静けさと期待に満ちた時期に、濃密な体験を生み出したと思います。
そのあとのポーランドでは、冬の終わりと春の満喫を背景として強く打ち出していました。長い冬のあとで、人々も命に飢えていたようです。


「ピンク」にはどことなく「時代精神」のようなものがあって、同じようなプロジェクトが並行して始まっていたようです。2005年9月に、バーバラ・ネミッツが東京で「The exposed color: Pink」(むきだしの色:ピンク)という展示を主催していたのと同時期に、私がポーランドで大規模コミュニティと連動したSuczyrozというピンクな写真ブログを開始しました。
このイベントの簡単な要約をお願いします。パフォーマンスとはどういったもので、何が展示されていたのでしょうか?
ショーの間に見せる桜の花やら「King Spring」のビデオ上映、ワルシャワの初日では、ピンクのクーペカブリオレなど、なんでもありでした。


芸術作品以外にも、私のコレクションのピンクの服を纏った美しいモデルも展示に参加していました。それ以外にも、ショーの期間中にはパーティーが2つとカーラ・フェルナンデスのファッション・ショーもありました。ザビエ・ロドリゲスも「Fuck The Shoe」のパフォーマンスや実験的なラテン系ダンスレッスンを行ったりもしました。

ワルシャワの「Pink Not Dead!」展で行われた「Fuck the Shoe」のパフォーマンス。

ワルシャワの「Pink Not Dead!」展で行われた「Fuck the Shoe」のパフォーマンス。
ドロータ・コビリンスカが、心理学におけるピンクについて講義しましたし、哲学者のミカエル・ヘラーとベンジャミン・コープも、「Pink Not Dead!」展の背景についてのドゥルーズ的講義を行いました。週に一回の「ピンク映画」の上映では、私が簡単な紹介を行っていました。
単なる展示会が、規模においても(私のピンクの壁画は30メートルにまで及んだ)性質においても大きく変わったと思います(メキシコでは、白い化粧漆喰の植民地風建物をピンクに塗ったら、ちょっとしたウェディング菓子のような組み合わせになりました。ワルシャワでは、博物館の「ホワイト・キューブ」を「ピンク・キューブ」に改装しました)。
どれくらい前からピンクの作品を集め続けていらっしゃるのでしょうか?
私が初めて真面目に作ったピンク作品は、1996年頃でした。自宅の地下室でピンクの洞窟を作って、巨大なピンクのキノコに承諾してくれた女の子たちを鎖で繋いで、記念に写真を撮って…。その次の作品は、1999年のバギネット・シリーズです。これを日本のラブホテルか何かに設置したくてたまりません…。

一般的にも、ご自身のブログに向けた意味でも、どんなものに蒐集する価値を見出されるのでしょうか?「ピンク」ならなんでもいいのか、先端的でなければいけないのか、それとも面白いもの、官能的なもの…どういったものなのでしょうか?
「ピンクならなんでも」では絶対にないです。私は、機械的な蒐集主義とは真っ向から対立しています。
同じピンクでも、際立った何かを持った、有意義で、美しく、好奇心に満ち溢れた、馬鹿馬鹿しくて、普通とは異なった、それでいて強い表現力を持ったものです!
ピンク・ブログは、およそ200人が参加したピンクの連鎖メールの延長線上にあって、今はそれを更に開かれたフォーラムに移行させているところです。ブログの大半は、ポーランド語、スペイン語と英語です。ピンクな記録への投稿はいつでも歓迎。これもピンクの実験なんです。

「Pink Graves」メキシコ、写真:モリシー・ゴムリッキ

「Pink Graves」メキシコ、写真:モリシー・ゴムリッキ

残念ながら、モリシーもタイトルを忘れてしまったイメージ…

ネットで見つけたピンクの稲妻!

「Pink Sculptures」は「Pink Not Dead!」のブログより。

もうひとつ「Truthtag」
あなたがここまでする理由は?そこから得るものは何なのでしょうか?
楽園と多様さのために。自分の心の不道徳が故に。「Pink Not Dead!」は、私が今の時代に必要だと思う、一種の反抗的な振る舞いです。いけない文化的な了解を築くことに、喜びと満足感を覚えるのです。その広がりようと速さには、いつも驚かされ続けていますよ。
「Pink Not Dead!」の将来的な予定などは?
ストックホルムからの招待があって、ピンクの雪を体験する機会には特に心惹かれます…あとは、北欧系の素晴らしい女の子たちにも!
それから、モスクワの赤の広場も一晩だけピンクの照明で飾りたいのですが、それがどれだけ困難なのかはさっぱり分かりません。
ワルシャワの最高に男根的なスターリニスト・パレス・オブ・カルチャーを照明する許可は既にもらっているのですが、まだ資金面をクリアできていません。


ピンクな本は2007年の末に発売予定で、出版社やスポンサーは既に動き始めています。あとは、場所をもう1回変えて、アジアでも「ピンク」をやりたいです。もしかしたら、本が出来上がる頃か博覧会か何かで…。東京、上海、香港、ソウル、バンコク…どこでもありですね。
モリシーさん、ありがとうございました!まだピンクさが足りないという方は、モリシーさんのFlickrページで、彼のその他の素晴らしい写真を見ることができます!
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このHPもかなりピンクでした・・
http://hearty2.lolipop.jp/
Posted by: maki @ 9月3日2009年