
バーバラ “バブシ” リッペは、漫画やフィギュアやテレビゲームで満たされた、典型的なポストモダニズムの幼少期を育ってきた女性だ。特にテレビゲームは彼女の人生に大きな影響を与え、なんと彼女は先ごろ、ゲームと性に関する1000ページにも渡る博士論文を書き終えたのである。明るいオーストリア人の専門家である彼女に、なぜ日本のゲーム美意識が西洋の女性に好まれるのか、そして、ヨーロッパの市場がどのように変化しているのかについて話を聞いた。
インタビュー:ウレシカ&ジョン
訳:ジュンコ
つい先日、「プレイガールにゲームボーイ」という博士論文で、博士号を取られましたね!おめでとうございます!そして現在では、ゲーム会社のAvaloopで、アーティストの中心として活躍されているそうですね。今までのところ、どんな反応がありましたか?それから、どんな人たちがあなたの研究に興味を持ってるんでしょう?

博士号を取った論文を手にするバブシ

ゲームのデザインのワークショップも開講
とても多くの人が、性→ゲーム→日本という各々の関係性に興味を持っている事に驚きました。1980年代からずっと、全てのコンソール市場が日本の手中にあり続けているというのに、西洋の研究では、日本のゲームシーンを真剣に考えているように思えない事は、残念な事です。実際、スーパーマリオやソニックで成長する西洋の子供達は、とっても楽しくて高尚な方法で“ジャパナイズド”されているというのにね。
日本のゲーム市場と、ヨーロッパや西洋全体の市場の違いって何でしょうか?
これまで、伝統的にヨーロッパ人は、コンソールベースのテレビゲームとは対照的に、多くのPCゲームを楽しんできました。でも、実際PCゲーム市場は衰退しつつあります。日本人のゲームプレーヤーと同じように、ヨーロッパ人もRPG(ロールプレイング・ゲーム)が好きですが、彼らはどちらかというとコンソールRPGよりも、PC RPGを支持する傾向がありますね。一般的に、アメリカ人は、スポーツ系やアクションゲームを支持する傾向がありますよ。

「Grand Theft Auto」欧米でかなりの大ヒットとなったゲーム
© Rockstar Games

「おいでよ どうぶつの森」こちらはご存知、日本で大ヒットしたゲーム
© Nintendo
全ての国や大陸ごとの好みを比較するのは難しいですね。余りに多くのゲームが存在してますし…全てのジャンルを比較するなんて不可能ですよ。例えば、日本には西洋で発売される事のない物も多いですし。
どういうゲームが、非常に“日本的”、もしくは“非西洋的”だと感じますか?
西洋では、恋愛系ゲームはあり得ないし、音をベースにしたゲームや、どこでもいっしょのような、“お話”ゲームも無いですね。それから、アーケードゲームのバラエティは、日本と比べてかなり低いですよ。

日本の恋愛系ゲームにありがちなシーン

女の子のゲーマーのためのカッコイイ登場人物
でもこれは、西洋人がこれらのゲームに興味を持っていない事を意味してるわけではないんですよ。ただ、残念ながら、どのゲームが西洋の市場に導入されるかは、プレーヤー自身ではなく、マーケティング関係者の裁量で決まります。不正輸入の多さは、公のゲーム供給に満足していないプレーヤーが少なくないっていう事を示していますよ。
一般に、日本でのゲームのイメージははるかにポジティブなものであると言えますか?
そうですね。完全にポジティブとは言いませんが、ゲーム・カフェや、ゲーム音楽に基づいたバレエダンス、テレビゲームを練習したがっているシニアのためのコースがあったり…西洋とは違いますね。

西洋のゲームは、より現実的で、真面目だと言えるかもしれません。日本のゲームは、より身体的で、楽しくて、家族向けで、ユーモアに満ちてますよ。
テレビゲームを開発してると、ついつい最新の3Dコンピュータグラフィックスを見せびらかす方に気持ちがいきがちですが、あなたとしてはこの、ハイパーリアリズム対ゲームの中のアートについて、どう思いますか?
日本では、現在進行中の論争があります…写真vs非写真。つまり、ゲームは、よりイマーシブになるよう現実を模倣するべきか?それとも、プレーヤーがコントロールする空想生物との感情移入した関係の確立のために、故意に“非”現実的であるべきなのか?

西洋のゲーム「Half Life 2」は素晴らしいグラフィックを誇る
© Valve Software
任天堂の青沼さんが、ゼルダの伝説の世界に関して述べたように、リアリズムは現実と等しくはありません。ゲーム世界は、首尾一貫していて、現実的だと感じられるもので無ければならないけれど、必ずしも現実的に見える必要は無いのです。

Zelda in cel-shaded form…
© Nintendo

…to Zelda in a more realistic setting
© Nintendo
日本人アーティストは、CGの新しい可能性があっても、それが彼らのゲームにフィットしないと思えば、無理に押しこもうとしません。Loco Rocoのような、意識的にスタイリッシュにしたゲームは、何年経った後でも、やっぱり新鮮に見えますが、一方で、Haloのように、インタラクティブ技術デモ作品は、CGの技術的な水準が上昇するとすぐ、古くさく見えてしまいますよ。
では、ゲームと女の子たちの関係って、どんなものでしょう?日本の市場は、女性を対象としたゲームにおいて、どうしてそんなにも先を行ってると思いますか?
“そんなに先を行ってる”かどうかは分かりませんが、多くの日本のゲームが、確実に女性に優しいものだとは思います。でも、まだまだ、男性をターゲットにして排他的に作られたものが沢山あると思いますよ。

バブシとクリボー

バブシのイラストレーション
日本では、女性は特有の市場として考えられています。雑誌、テレビ番組、それからマンガのように、女の子のための特別なゲームがありますよね。スーパープリンセスピーチやクッキングママなどは、より主流の女性の市場を対象としたものです。

「スーパープリンセスピーチ」
© Nintendo

「クッキングママ」
© Taito
私としては、特に女の子をターゲットとしていないにも関わらず、“塊魂(カタマリダマシイ)”や“ニンテンドッグス”のような日本のゲームはなぜ西洋の女性を著しく惹き付けるのか、について分析するのが特に面白かったです。
多分、それは、多くの日本のゲームにおける筋書きの強調や、抽象化されたグラフィックの芸術的なグレードの高さ、反復的な暴力が無い事が理由にあげられるかもしれません。…女の子たちは、暴力に反対というわけではないのですが、無意味な反復や退屈を嫌いますから…それから、強い女性キャラクターの存在が、アメリカの主流なゲームよりも魅力的にしているのかもしれません。
完全に異なった社会に由来している文化的な事柄が、こんな風に普遍的な魅力を持つことができるのは、素晴らしい事ですよね。これは、日本のゲームデザイナーが、より人間的、そして、感情的な見解からゲーム作りのプロセスにアプローチするからだと思いますよ。

「エレクトロプランクトン」
© Nintendo

「エレクトロプランクトン」
© Nintendo
エレクトロプランクトンやニンテンドッグスのような、最近の日本のゲームは、プレーヤーが競争する事を強制しないゲームで、制限が無く、遊び心溢れる相互作用のゲームです。元々スリリングなものとして作られていなくて、むしろリラックスさせてもくれるんですが、こういう非競争的なテレビゲームは、西洋においてはとても目新しいものです。それに、最近では、直接的な戦いや、スコア争い、およびゼロサムゲームにおける敗者の堅苦しい概念に疲れてるプレーヤーも多いんじゃないでしょうか。
と言っても、ゲームの世界では、どんな一般論も決して当てはまりませんよ。“日本人”、“女の子”、それから“テレビゲーム”に関して説明するなんて事は、不可能だと思いますよ。私は、個人的な好みや時代、ムードなどの方が、他の何よりも、ゲームの選択においては遥かに重要な要素であると思いますから。
なぜヨーロッパや米国では、女性はゲーム市場のターゲットとして、除かれてしまうのだと思いますか?
テレビゲームは、コンピューター技術という、完全に男性によって慣例化された文化に由来しています。この事実が、生産される方法においても反映されているんですよ。ゲームは、男性によって、男性のために作られているんです…仕事よりも家族の時間を優先するような人に対して、未だとても敵対的な環境にいる男性たちのためにね。

DS Liteで遊ぶバブシ

「Singstar」はPS2のカラオケゲーム。欧州では大ブレイク中。
技術が観念的に男性の専門分野としてリンクされている限り、女性や年配のような他のゲーム人口にとって、そこには障害があり続けるでしょうね。任天堂DSや任天堂Wii(ウィー)のようなコンソールと同様にSingStar、Dance Dance Revolution、および脳トレのようなゲームは、このイメージを変えていくとは思いますが。例えば、より多くの少女が、早い時期からゲームをする事を趣味にすれば、これまで男性によって支配されてきたこの産業界において、女性が未来のプロデューサーになるはずですからね。
現在、ヨーロッパでは何が起こっていますか?また、ゲーム産業は、どんなところまで変わって来ていますか?
小さい会社は成長し、逆に巨大な会社は崩壊していっています。また、多くの新しい設立も見られています。もちろん、政府のサポート、伝統的なマスメディアの援護という点や、多くの大学においては、文化的な資産としてのテレビゲームの承認はまだまだ不足していますが、それも徐々に変化していますね。

© Introversion Software
日本と同じ程ではありませんが、全体の状況は向上していると思います。特に、独立したゲームやデジタル配信の可能性が、小さな開発スタジオに対して、堅くて市場主導の会社の決定から、自治権を移しつつあります。イギリスのインディーズの開発者「Introversion」によって作られた、賞を獲得したゲームDarwiniaは、このような現在吹いている新しい風のすばらしい例ではないでしょうか。
女性として、ご自身のゲームへの惹かれ方は、男性と比べて違ってると思いますか?
もし私が男性であったとしても、私が現在そうなのと同じ理由でゲームを欲しいと思うと思いますよ。それは、何かの作者になれるっていう事なんですけど。プレーヤーって、完全に新しい世界、ストーリー、状況を作成出来るでしょう?プレーしている時には、宇宙全体が開いて、それぞれのゲームセッションが、はっきりと新たな感覚を提供してくれるんですよ。

リンクと一緒にポーズをとるバブシ

N64に没頭…
私は、冒険の中のドラマや、マルチプレーヤーゲームの持つ社会的な面、それから短時間で終わる中毒症状に近いほろ苦い感覚が好きなんです。それに、高スコアも、息を飲むような芸術作品達も、まだまだ十分に得ることができないでいるんですよね…。
なぜ女性には、任天堂DSやPSPのような携帯型ゲーム機が、普通のコンソールやPCよりも魅力的なんだと思いますか?
まず第一に、小さくてメタリックの任天堂DS、任天堂Advance SP、ゲームボーイMicro、それからPSPなどは、セクシーなんですよ。つまりライフスタイル製品です。女性のハンドバッグの中の、偉大なアクセサリーになるんですね。

バブシの宝物。スペシャル・エディションの「Triforce Gameboy Advance SP」

ピンクの「Gameboy Micro」
女性が“カジュアルで、携帯ゲームのプレーヤー”というカテゴリの下で包括されている理由は、時間的制約のある生活パターンのせいでもあります。彼女たちは、常に何かの間にはさまれた状況の中で、すぐ出来て簡単に遊べるゲームに惹かれるんですね。…10分後には赤ちゃんにミルクをあげ、帰宅する旦那には夕飯を与え、それから好奇心旺盛な叔母さんから30分毎にかかってくる電話の相手をするような状況の中で、誰が、3時間の映画を見たり、オペラを聞いたり、莫大なロマンティック小説を読んだりしたいと思います?ゲームは(他の多くの媒体のように)、気分管理のためのツールにもなるんですよ。

日本の“カワイイ(キュート)”という概念が、西洋のような、女性にとってカワイイが「侮辱」になる事もあるような国において、なぜ受け入れられたんだと思いますか?
多分それがエキゾチックだからでしょう!日本が現在クールな存在だからですよ。ただの観測ですけどね。最近、私はスウェーデンでとてもオシャレな男性に出会ったんですが、 彼の黒いノースフェースのパーカーのフードには、キティちゃんの反射鏡が付いていましたよ。

と言っても、多くの西洋人が、カワイイを、駄作や子供っぽさと同等だと思ってる事も事実です。それは、西洋の文化が、日本の漢字のような書記素ではなく、抽象的なアルファベットに基づく読書文化であるので、“描かれる”情報は、“書かれる”情報よりも劣ると見なすからかもしれません。だから、西洋では、大人達のためのキャラクター商法がほとんどありませんし、ロゴの代わりにマスコットが使用される事は滅多にありませんよ。
将来、ゲーム産業でどんな事が起こる事を望みますか?
私はとても前向きに考えています。新家庭用コンソールである任天堂Wiiと共に、新世代ゲームが私たちの生活に入り込むでしょうし、世界中の開発者は、この新しいコンソールが新しいゲームプレイアイデアを発明、実現するのを可能にしていくのを楽しみにしています。近年では、マイクロソフトが、Xbox Liveによって大規模なコンソールベースのオンラインゲーミングへのドアを開けていますしね。ソニーは、「EyeToy」や「SingStar」のような技術や、世界的にリリースされた「Rez」や「塊魂」、「ICO」や「ワンダの巨像」のような日本のゲーム芸術作品のプラットホームとして、優れた革新を示していますよ。

任天堂Wii は成功するか?
© Nintendo

「Super Mario Galaxy」マリオの次世代ゲーム。発売は年末頃の予定だとか。
© Nintendo
ただ個人的には、任天堂Wiiが、次世代コンソールにおける革新レースでは勝者になると信じています。ゲームは、今後さらに直感的で、楽しくて、対話的なものになって行くでしょうね。そして、人間と機械との対話や相互作用の方法は、今後、より自然で、好意的になって行くでしょう。最近は、ネットワークゲームにおいては韓国が、グラフィック技術においては西洋がリードしていますが、しかしながら、プレーヤー→ゲーム→オモチャの関係に関する革命や、ゲームデザインのアイデアにおいて常に優れているのは日本ですよ。
それから、今後、ゲーム開発者には様々なバックグラウンドを持つ人が増えて行くと思っています(そうでなければなりませんし)。技術的知識はかなり重要ですが、文化や社会的な理解は、同じくらい重要です。つまり、結局のところ、ゲームは文化だからです。
「テレビゲームは、21世紀の最も重要な文化的表現になろうとしている」…MITのヘンリー・ジェンキンズと共に、私はこのように主張しています。

バブシは現在、いくつかの出版社との間で、彼女の本の制作について話し合っています。出版され次第、皆様にもお知らせするつもりですので、もし彼女に聞きたい事などあれば、気軽にコメントして下さいね!
8 コメント
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テレビ系ゲームをするって、その対象にのめりこんで他のこと…読書したり、会話したり、考え事したり、創作をしたり…という行為がおろそかになるイメージがありますが、パプシさんはこんなにもゲームに詳しいにもかかわらず、ゲーム行為に支配されず、客観的につきあって、しかも論文まで出したところが感心しました!私は無理!日常が破壊されそう…
Posted by: YO-CO @ 8月29日2006年
楽しく読ませてもらいました。
日本ではゲームははまり込むというイメージがあるのは、たくさんの魅力的ゲームがあふれているかならかな。文中のようにプレイヤー→ゲーム→オモチャのように商業的戦略の「お客を放さない」という形式ができていたのでは。
考えてみると文学、演劇、映画が良くてゲームには悪いイメージが付きまとうのはなんでだろう。
Posted by: 匿名 @ 2月5日2007年
感動した
Posted by: 匿名 @ 5月26日2009年
わくわくするアイデアですね
パーツを組みかえて、オリジナルデザインがつくれたらもっとワクワクできるな
Posted by: 山本 @ 3月22日2011年
すごいメンツ!!
絶対イキマース!!
Posted by: ウィーク @ 3月22日2011年
I really relate to that post. Thanks for the info.
Posted by: lancaster pa personal injury lawyer @ 11月11日2011年
I enjoy reading a post that will make people think. Also, thanks for allowing me to comment!
Posted by: sheds @ 11月22日2011年
プレイガールにゲームボーイ:バブシが考えるゲームと性別 good post1046
Posted by: air multiplier @ 4月21日2012年