システムデザイン:プロダクト、サービス、環境をつくる

2006年7月7日 カテゴリー: インターナショナル, テクノロジー

システムデザイン:プロダクト、サービス、環境をつくる

東京・明治神宮でいろいろな話を聞かせてくれたステファン・レツェル

会社がプリンタを販売する時、彼らが消費者に与えているものは単なるプリンタなのではない。デジタルを物理的なアナログに変える“機会”を売っているのだ。そして、スキャナを生産する会社は、その逆を提供する。つまり、何か物理的なものをデジタル・データに変える。そのようなアナログ - デジタル - アナログ問題の核心にある真の欲求が何であるのか、そして、そのようなシステムは、どのように変えられて、設計されるのか。今回PingMagは、現在ドイツのカッセルでシステムデザインに関する修士論文に取り組んでいる、若い研究者であり、且つデザイナーでもあるステファン・レツェルと出会い、話を聞く事が出来た。

インタビュー:ウレシカ
訳:ジュンコ

まず、どんな事をされているのか教えてもらえますか?

僕は、主にシステム・デザインを専門とするデザイナーです。製品を見て、それがどう問題を解決して要求やニーズに合うようになるかという観点で考えるのですが、それぞれの新しい解決策が、大抵、新たな問題を引き起こすので、中立で全体論的な見解から解決策を分析する事が重要なんですよ。

システム・デザインってどういうものだと思われますか?

システムデザインは、デザインの思考であり、面白いものであれば何に対してでも関係してきます。プロダクト、サービス、アプリケーション、社会的なシステムに組織構造…。アプローチは、その状況によってデザイン技術を向上させることです。デザインのプロセスは、ベネズエラのぺモン族の生活から、いわゆるハイテクの会社まで、至るところで起こっています。デザインとプロセスにおいては、明らかにかなりの多様性があるわけですが、実は同時にそこにはとても似通った特性もあるんですよ。この似通った特性が、僕の興味やリサーチの分野なんですけどね。

それって“普通の製品デザイン”と同じようにも聞こえるんですが…。何か違いはあるんでしょうか?

システムデザインは、個々の製品の先を見ようとするんです。新しい技術的な発明を思いつくのはかなり簡単ですよ。例えば、携帯電話市場における別の機械装置みたいにね。でも、僕が面白いと感じる事は、携帯電話市場そのものを分析する事であって、文章を打ちやすいボタンをどうやってデザインするかという事ではなく、そもそも文章を携帯電話に打つ事自体が良いアイデアなのかどうか、という事を問う事なんです。

近年のプロジェクトの多くは未だ公表されてはいないようですけど、最近どんな事に取り組んでいるのか、それから、今回どうして来日したのかについて、少しだけ話して頂けますか?

今回は、革新的なIT製品とシステムの未来予測について紹介するために、ブラザー工業に招かれたんですよ。彼らは新しい製品作りや市場開拓などに興味を持っていましたから。通常はこのような場合、理想を語り、何事もうまくいき、そのテクノロジーに満足して帰る、というパターンなのですが、僕の場合は、テクノロジーに追いつめられた開発のきわどい局面を例証するために、否定的なシナリオを作成したんです。

女:「以前お会いしたことがあるのを覚えていますか?」男:「思い出せない…電池が切れそうなんだ!」(ステファンのナビゲーションより)ブラザー工業もびっくり!ステファンは彼らと一緒に食事に出かけ、一晩中テクノロジーの未来について語りあったのだとか。

世の中には、あらゆる種類の機械装置を開発し生産する会社が無数に存在するので、人は、これらの新製品が一体自分たちをどこへ導いているのかを疑問に感じ始めていると思います。技術革新を引き起こすのは簡単ですが、その使用とアプリケーションを見通して、決定するのは実際不可能なんですよ。

では、IT製品の持つ情報と処理システムによって、どんな新しい問題が引き起こされたと思いますか?

そうですね…とにかく沢山ありますし、これからもどんどん起こると思いますよ。例えば、電子投票システムを考えた場合、確かに投票数の計算にかかる時間や、投票用紙印刷にかかる莫大なコストの問題は解決します。しかし新しい問題は、誰も電子投票システムを信用しないということです。もしあなたが労働条件を考え、ITでの構造改革を考えているとしたら、こうすることでさらに効率的に改善されるかもしれません。しかし、多くの人にとっては、この分散するいわゆる“目に見えない”社会の構造は、沢山の問題を引き起こすのです。そしてITは、これらの進化によって変わる僕達の生活、仕事、どのように政治的に組織されていくかをただ黙認しているだけなんですよ。

日常生活における1つの例が、オンライン・ショッピングです。人々がウェブショップをブラウズする時、彼らは何マイルも離れたところにある実際の物のデジタル・イメージを見ているわけです。例えば、ランプだとしましょうか。もっとも、この画面上の“ランプ”は、本物の姿や、実際の寸法を示しませんよね。だから、実際のランプを手にした消費者が、想像したものと違ってがっかりする事も多いんですよね。

仮想ランプのEbayでのスクリーンショット。ここから部屋に置いた時のサイズを想像する…

それは、実際CADを使う時にデザイナーや技術者が直面する問題とも似ていますよ。CADを使う人は、空間認知に関して強制的にも近い感覚を必要としているんです。彼らは、デジタルな物を縮尺製図し、回転させる事もできますが、一方で物の実際の測定についての感覚を失いがちなんですよね。だから、実際のスペースと関連してCADの対象物を知覚する必要があるわけです。

それで、この“比率の問題”を解決しようとするのに、どんな解決策を思いついたんですか?

僕は、実際の環境にデジタルの物を表示するための概念を思い付きました。デジタルで表した物を、実際の周辺環境にかぶせて使うんですけど、これは半透明のディスプレイの場合もあるし、カメラ付き携帯電話という形になるかもしれません。

正確なサイズで表示された仮想ランプ。どうやって?bluetoothのテクノロジーに従い、部屋のサイズを測ってからディスプレイにランプの実際のサイズを送ることを想像してみれば…。これはまだアイディア段階

つまり、対象となる物の周辺との関係や、ユーザの目との距離を測定するのが可能になるということなんです。例えば、さっき話しに出たランプを考えてみましょうか。僕の考えるディスプレイは、そのランプの比率的な数字を与えられると、角度を見て、ユーザの視点との関係も考慮しながら、その部屋の他の物との距離を測ります。そして、“僕らのランプ”が、実際の物理的な部屋と比例した状態で表示されるんですよ。

(サンプルのムービーはこちら

こういう風に、実際、多くの技術が開発される必要性があるわけですが、それこそがシステムデザインなんだと思います。技術革新のための方向性を描き出して、アプリケーションの領域を発生させるという…。良い解決策というものは、正しい問題の認知から生まれるんですよ。

素敵なアイデアですね!そんなディスプレイをお店で買える日が来るのが楽しみです。もしこの技術を開発出来たなら、他にどんな事が可能になるんでしょう?

色々ですよ!例えば他のアイデアとしては、標識や単語に関する翻訳機能というのもあるんですよ。僕は、通りのあちこちで見かける日本語の文字が本当に好きなんですが、勿論、読むことは出来ないし、ひょっとしたら、だからこそ好きなのかもしれない。僕にとっては、それは情報を伝えるという実際の目的を超えて、文化的な識別子であると思えるんですよね。だから、その土地のアイデンティティを保持しながらも、僕みたいに日本語を読むことができない人々にも情報を伝えられるような方法を考えたんです。日本中にローマ字表記をする代わりに、こういう賢明なテクノロジーを利用するっていうのはどうでしょうね。

例えば、デジタルコードを使用した標識。RFIDチップをつけたようなものですけど、その標識の正面に立つと、半透明のディスプレイを通して翻訳を読む事が出来るんですよ。

好きな言語で標識を翻訳

外国人にとって、日本での数日間が刺激的なものになるでしょうね!(笑)

そうですよね。実は標識が読めない事って、想像以上に深刻な問題なんです。東京に来た外国人は誰でも、目的地へたどり着く事の難しさを経験しているはずですよ…。

それは外国人だけではないかも…。

そんなわけで、仮想誘導システムを考えてみたんです。個人的には、道に迷ったりする異邦人的な感覚も好きなんですけどね。この透明なディスプレイを使用すると、実際の状況や背景はそのままに、デジタルの誘導グラフィックスが表されるんですよ。

(サンプルのムービーはこちら

東京周辺の道を見つけるのに、多くの人は既に携帯電話についたGPSナビゲータを使っていますが、この発明の改善点とはずばり何でしょうか?

背景の“実際の”状況をありのままに保ちつつ、その上にサインが映し出されるというのは、自分の位置や方角を認識する方法に新たな道筋を与えるものだと思います。装置上にデジタル地図を映し出す既存のGPSナビゲータよりも、もっと直感的で包括的なものになりますから。


GPS機能のついた携帯が自分の現在地を教えてくれるが…

…まだ地図を見るのと同じ感覚。実際目にする景色からはほど遠い。

現在僕らは、不信感を持ちながらも、実際に見える周辺の状況とデジタル表示を見比べながらGPSナビゲータとつき合って動き回っていますよね。これは、“現実の世界”と“デジタルの世界”のギャップを伝えてきます。そういうギャップは至る所で起こるし、その“メディア・ギャップ”を調整したり、管理するようなシステムを作り出す必要があるんですよね。

それでは、これらの革新の何がそんなに新しいんでしょうか?

ブラザーのような、プリンタと同様スキャナも生産する会社を考えてみると、彼らは既に、リアルとデジタルの世界の間に存在するメディア・ギャップに橋を架ける事に成功していると言えるかもしれませんね。例えば、リンゴを手に取り、スキャンして、その上に顔を描き、プリントアウトする。…そう、実際のところ、話はこういう何ら目新しいものでもないんですよ。僕の研究は、まさしくこういう“メディア・ブリッジ”を特定して思いつくことで、今回話したものはそのうちの極わずかですよ(ニッコリ)。

ここで紹介した概念は、強化現実技術(Augmented Reality:AR)の開発に関連しているんですが、説明したように、特定の問題状況に焦点を絞った中で現れるものです。これは、頭の中で解決策を描き、その問題点を見つけることとは違うのです。

ディスプレイがクラブ情報を知らせてくれる

もし、解決策が新たな問題を生じさせるだけであるとしたら、…例えば、その都市ガイド・ディスプレイが実現されたとした場合、問題と同様にどのような改善を予知しているんですか?

例えば、広告や情報で完全に満杯になっている東京のような街が、あなたのディスプレイのデジタルデータで染まりつつあるのを想像してみて下さい。…または、さらに発展してディスプレイ眼鏡とか。 歩きながら、ファイルやリンクに出くわしたり、警察署の前のデジタルのグラフィティやデジタルの桜で飾られた路地を楽しむことができるんです。自分自身で、いつ、どの程度それを使用するかを決める事が出来る限り、それは、そんなに悪いものではないかもしれないし、改善になるのだと思いますね。つまり、このテクノロジーは、自己決定の上での使用がベースであり、望んでいない情報を摂取する事を強制してはいないという事なのです。

なるほど…。もし私が5分間渋谷を歩いていて、どれくらい望んでいない騒音や広告にさらされているかを考えると、使用はかなり疑わしくなってきますが…。

溢れかえる情報を消費すれば、私達は賢くなれるのか?良い質問!

ARの現在の開発を見てみると、本当に心配になる製品も幾つかありますよ。ヘッドカメラと網膜映像がついたクールなサイボーグのような装置を見ると、それを何のために使用するのかという事だけでなく、それを使ったら、人はどんな人間になってしまうのか、という事を危惧せずにはいられませんからね。

今日は有難うございました。改めて色々と考えさせられる良い機会を頂きました!

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