エクスペリエンス・デザインの今

2006年5月12日 カテゴリー: インターナショナル, テクノロジー, プロダクト, 特集

エクスペリエンス・デザインの今

Nokia 7600のスタイルブックより。

世間一般ではどうか分からないが、少なくとも僕の周りでは、医者を目指して入った大学で、ファッション・デザインの学位を手に卒業した人は、皆無に等しい。しかし、「ブランド・ビジュル・アンド・センサリー・エクスペリエンス」の部長というNokiaでの新たな役職からも分かるように、リサ・プオラッカは、そんな世間一般的なしきたりは気にも留めない。ファッション、トレンド、それから、なぜ今エクスペリエンス・デザインが熱いのか…。ヘルシンキ郊外にあるNokia本社で、彼女に話を聞いてみた。

インタビュー:マット・シンクレア
訳:ジュンコ

色々な話を聞く前に、まずは、とにかくエクスペリエンス・デザインって実際どんなものかを教えてもらえますか?

エクスペリエンス・デザインっていうのは、最近、あらゆる所で目にしてるはずのものなんだけど、一つ言えるのは、ただ物をデザインするって事よりも、ずっとずっと広い視野からのアプローチによるってこと。つまり、デザイン言語や、それがどう他の製品に関係するかって事についてなんだけど、例えば、合理性と感情的の両面において、その製品の使い心地がどんな風か、どうパッケージされるか、どんなアクセサリーが使用可能か、どんな環境で販売されるか、どんなサービスがその製品の消費者に与えられるべきか…。そんな感じのアプローチから始めると、最終的には、エンドユーザーにとって、より目的にかなっていて、しかも彼らが驚くような楽しい物を目指すって事になるのよ。それが、エクスペリエンス・デザインが今とても注目を浴びてる理由なんじゃないかな。だって、こういう努力がブランドのイメージとなってフィードバックされて、結局はその会社のイメージを創り上げるの。つまり、エクスペリエンス・デザインっていうのは、人がそのブランドを経験する方法を考える事だって言えると思う。

リサ・プオラッカ(彼女のスタジオにて)

という事は、エクスペリエンス・デザイン=エクスペリエンス・マーケティングということですか?

ある点においてはそう言えるわね。とはいえ、実際はエクスペリエンス・デザインはマーケティングも含めて成り立ってるから、マーケティングよりも大きな課題なの。勿論、もしマーケティングに携わる人に尋ねたとしたら、彼らは、“エクスペリエンス・マーケティングが”デザインを含んでいるって言うだろうけど!

Googleで「エクスペリエンスデザイン」という言葉を検索すると、出てくる結果の大部分は、ウェブデザインと、使いやすさに関連したものみたいで、今聞いてる話と同じ物のように聞こえないんですが…。

そう!それらは同じではないの。でも、「経験をデザインする」っていう事への興味が始まったって事だと思う。インターネットは元々、純粋な技術として開発されたのよね。相互作用とナビゲーションが凄く複雑だったから、ユーザーの経験をより簡単に、より直感的で、より抵抗出来ないようにする余地が大いにあったし。でも今では、エクスペリエンス・デザインは、ただの装置の使用法についてだけではなくて、他のあらゆる面を含んでいるのよ。


ノキアN72と、同コンセプトでデザインされたアクセサリー © Nokia

ちょっと話は変わりますが、Nokiaのような会社が、どうしてファッション・デザイナーを雇ったんでしょう?

実は、私がファッション・デザイナーだって事が、私が雇われた理由ってわけではないの。私は、修士課程の一部として、ヘルシンキ・ビジネススクールと工業大学の共同コースだった「デザイン/ビジネス/管理プログラム」を取ったの。そのコースの中で、日本の携帯電話市場を調べる1年間の研究プロジェクトをしたんだけど、結局それがきっかけで、引き続き、特に日本のライフスタイルのためのデザインについて、Nokiaを題材に研究した修士論文を書いたのよ。まず、トレンドを作り出すタイプのグループを特定して、次に、そのグループを対象にして色んなコンセプトの電話を設計したの。それから、彼らにインタビューしてどれを好むかを聞いたんだけど、私たちの考えでは、きっと彼らをターゲットにデザインされた物を選ぶっていう自信があったわ。…多分結果はバラバラだったって思うでしょ?でも実際、結果は私たちの考えが正しい事を証明したのよ!流行を作り出すタイプの人をターゲットにした物を作るっていう事は可能だし、その製品は、必ず大流行するわ!…というわけで、それが私が雇われた実際の理由よ。他にもNokiaで働いているファッション・デザイナーがいるけど、彼らは、色の専門家としてだったり、トレンド・リサーチャーとして働いてるの。

これまでにどんなプロジェクトに携わってきましたか?

Nokiaで仕事を始めた頃、トレンド分析についての規律っていうのは無いに等しかったの。勿論、ライフスタイルのトレンドについてなんて皆無。だから、私は消費者リサーチの専門家と一緒に、トレンドがデザイナーの仕事に影響を及ぼすことができるようなプロセスを確立したのよ。


ノキア7210(リサの関わった最初の製品の一つ)© Nokia

今でも、私の仕事の多くは、トレンドとか、人々や社会の変化を理解したり認識する事に関係する事よ。重要な事の1つは、社会の“長期的”トレンドと、ライフスタイルの“短期的”トレンドの違いが分かるって事なんだけど、それと合わせて、短期的なトレンドの中には、後で社会の主流となる可能性があるものも含まれてるって事も理解してなきゃいけないの。

だから、私の初期の仕事は、製品デザイナーと一緒に働いて、そういう考え方を彼らの仕事の出発点に組み入れるっていう事が多かったわね。ターゲットとなる消費者や、その消費者に影響を与えているトレンドについての理解に基づいてデザインテーマを考え出すっていうやり方。

それから、だいたい3年前に、Nokiaデザインの内部に新しいチームが作られたのよ。そこでは、プロダクト・デザイナー、UI(ユーザー・インターフェース)デザイナー、トレンド・リサーチャーが、3年から5年先を見ながら、新しいトレンドと将来のコンセプトを明確に設定して、今後の予測に基づいたシナリオとコンセプトを開発しているの。

未来をコンセプトにした装置 © Nokia

彼女がNokia7600について言及しなかったのは、リサの慎み深い性格からだろう。7600は、彼女が大いに関わった製品で、Nokiaが本当の意味でエクスペリエンス・デザインのアプローチを証明した最初の製品だと言える。そのアプローチが、今日のものほど完全に開発されきっていなかったとしても。

ノキア7600 © Nokia

元々のインスピレーションは、「未来からの記念品」っていうアイデアだったの。このテーマは、電話の設計だけではなくて、スクリーン上のアイコン、壁紙、ベルの音、グラフィックス、それからアクセサリーにも影響を及ぼして、それら全てが特別にその製品のために設計されたのよ。

7600の元となったスケッチ © Nokia

―7600は、白のなめし皮製の限定バージョンも作られ、実験的に、パリのコレットや、ミラノの10コルソコモ、バルセロナのヴィンソンなど、最もクールなヨーロッパの店だけで販売された。―

Nokia 7600個限定バージョンのパッケージ © Nokia

7600個限定バージョンの一部のスケッチブック © Nokia

Nokiaでのエクスペリエンス・デザインのプロセスとは、どんな感じなんでしょう? 経験をデザインするって、実際どういう事なんですか?

最初にする事は、まずユーザーや消費者、それから彼らが生きている世界を理解する事。勿論、ほとんどのデザイナーは(意識して実行していなくても)皆が直感的にそうしてるけど、Nokiaでは、より入念な方法でその研究をする専門家がいるの。


Nokia 3250ユーザー © Nokia

Nokia 3250ユーザー © Nokia

そして、そういった思考が頭に浮かんだら、アイデアをクリエイティブ・チームに集めるの。デザイナーだけじゃなくて、さっき話したような事全てに関したアイデアを持てる人たちよ。彼らが、テーマやストーリーを作り出し、展開していくの。その後、そのテーマを話し合って、それがどんな風にデザイン言語に影響するか、材料、色、グラフィックの選択、それから製品だけじゃなくてパッケージや広告などについて決めていくのよ。

それはNokia製品の中にどういう風に現れるんでしょう?

この考え方っていうのは、ファッションのカテゴリにある製品で一番よく表れると思う。ファッションの製品のほとんどは、同じテーマをベースにしたコレクションに属してるからね。ラムール・コレクションを見てみて。もしそこに製品同士を結びつけるテーマやストーリーが無かったら、“コレクション”の話が出来ないわよね。デザイン言語の結束力、キャンペーンのスタイル、それに何より、それらが一緒に始められるという事実さえ無いでしょうね。

ラムール・コレクション(2005) © Nokia

ラムール・コレクション製品の元となったスケッチ © Nokia

ラムール・コレクション製品の元となったスケッチ © Nokia

でも、そこには、他のNokia製品との区別がなくなっちゃうっていう事も予想されるわけなんだけど、そういう時こそ、エクスペリエンス・デザインが、ユーザにとってベストな製品を選ぶお手伝いをする力を発揮するの。Nokiaファッション製品を買う人は、合理的な理由は勿論だけど、特に感情的な部分において選んでいる事が多いのよ。

あなたのNokiaでの新しい役割って?

ここ2カ月、私は「ブランド・ビジュル・アンド・センサリー・エクスペリエンス」の部長として働いてきたんだけど、基本的に、その意味してるところは、消費者がどういう風にブランドを経験して、Nokiaをどんな風に“見たり感じたり”してるかって事なの。それは、人がブランドに出会ったり触れたりするどんなシチュエーションにおいてでもいいんだけど…例えばそれはオンラインやNokiaのショップかもしれないし、TVや雑誌の広告でもいいし、Nokiaが後援するイベントでもいいのよ。実行っていう点においては、仕事の大部分は代理店によって行われるから、私たちに必要なのは、ブランド戦略においてクリアな視点を持って、彼らに簡潔に伝える事が出来るって事。今はもう、私が実際に製品の制作に関わるって事がほとんど無いんだけど、勿論そこには常に強いリンクがあるし、私たちは皆、同じ視点から始まって、同じ方向に向かう必要があるの。

Nokia フラッグシップ・ストアinモスクワ © Nokia

でもね、トレンドと洞察って話に戻るけど…それらって製品のデザインだけではなくて、ブランドが前進する方法とか表現の変化にも影響するの。究極の目的は、消費者が、製品を広告で見た時と実際に使った時に同じように感じるって事!

“Totally Fashion”ロウンチ・イベントin上海 © Nokia

これまで、Nokiaがどんな風にトレンドを研究して、対応するのかって事についてお話を聞いてきましたが、例えば、トレンドを自分で設定していくって事よりも、むしろコピーする事に終わってしまうという危険性はないんでしょうか?

私は、ある一人の人が実際にトレンドを設定するって言うのはおかしいと思うの。全ての人は、回りで起こる同じ出来事に影響されてるわけで、トレンドっていうのは、こういう同じ影響を受けた内の一部の人が、他の人よりも先に、ある物を選ぶっていう事なんじゃないかしら?ちょっと分かりにくいかもしれないけど、コピーするっていうよりも、むしろ鼓舞されるって事で、芸術や社会や文化の先端を知るにはどこを見ればいいのかって事を分かってるって事だと思う。それが、多分この世界にファッション業界出身者が多い理由なんだろうね。ファッションの世界って常に凄くオープンだし、“そこに既にあるもの”によって鼓舞され、それを製品のアイデアに取り入れる事が許される世界だから。大事な事は、周りで起こっている事への感度の良さ、観察する能力、それから、観察した結果をストーリーやテーマや製品の可能性へと蒸留する創造力なのよね。

リサが一緒に働いているグループでは、どんな会社から刺激を受けてますか?どんな人が、エクスペリエンス・デザイン界の注目株?

大切なのは、自分の観点について説明するための正しい道すじや適切な方法を見つける事なんだけど、ファッション業界には、それをするのが凄く上手いなって思う会社が沢山あるわ。特にプラダマーク・ジェイコブス。あと、ナイキも。…ナイキは、凄く幅の広い異なった製品を扱っているのに、それぞれをつなぐストーリーや姿勢は一貫してる。スターバックスも、自身の観点をしっかり理解していて、そのストーリーを伝える事が上手い会社ね。あと、勿論アップル・コンピュータ

でも、そういう会社は全部、強い表看板がありますね。クリアなビジョンをもっている1人の人間に統率されてる。Nokiaはちょっと違う会社のような気がするんですが?

そうね。Nokiaはそういう会社ではないかも。でもそれは、会社がビジョンを持つことができないって事を意味するわけじゃないわ。皆が一つの観点を共有して、同じアイデアを信じる事が出来れば、会社がビジョンを持つのは可能よ。そういう考え方こそが、重要なビジョンよね。

今回は、エクスペリエンス・デザインの世界をちょっぴり覗かせてくれて本当にありがとう!

3 コメント

  1. 色々なデザインを見てわくわくした。
    日本にある携帯のデザインははっきり言ってみんなBrown Noserだと思う。
    でも僕のチョコレート色のPenckは巨大なコーヒー豆みたいなので好きだ。

    Posted by: paraisotaka @ 6月20日2006年

  2. ノキアのデザインって、本当に良いか?
    気のせいじゃないの

    Posted by: メイブ @ 12月23日2006年

  3. [...] PingMag - 東京発 「デザイン&ものづくり」 マガジン ≫ Archive ≫ エクスペリエンス・デザインの今 http://www.pingmag.jp/J/2006/05/12/new-levels-of-experience-design/ [...]

    Posted by: bookslope blog » エクスペリエンス・デザインの今 @ 3月31日2008年

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