
「ハイブリッド(混成)―逆説の中の生活―」というテーマのもと開催された今年のアルス・エレクトロニカ(Ars Electronica) 。オーストリアの地方都市リンツで開催されたこのメディア・アートの祭典も今年で26年目を迎え、エレクトロニック・アートもここまで来たか、と実感させられる。沢山の層から成るアルスを全てチェックする事は至難の業で、会期中の4日間は、展示会を回ったり、パネル・ディスカッションを見学・参加したり、沢山の人に会ったりと(専門家、熱心なアートファン、愛すべきオタク達…)、本当に忙しく走り回った。そこに開かれた全ての仮想世界は、実は最もリアルな経験であったりもする。
作者:レト・ヴェタック
訳:キョウコ&ジュンコ
初めてアルス・エレクトロニカに訪れた僕にとって、とにかく一番興奮したのは、 世界中から集まった才能あるアーティスト達にやっと直接会えるという事だった。インタラクティブ・デザインの分野で仕事をしてもう随分たつが、これまで常に沢山のアーティスト達の作品に刺激を与えてもらってきた。例えば、デジタル・アートの世界を理解するのにすごく大きな影響を受けた、岩井俊雄に会えるなんて、本当に最高だ。

スピーチをする岩井俊雄氏 © Ars Electronica

テノリオンで遊ぶ人々
その岩井氏は、今回、彼の新しい作品「テノリオン(TENORI-ON)」を発表。この「TENORI-ON 」はデジタル楽器で、彼が現在YAMAHAとともに開発中のものだ。正方形のフレームには16×16個のLEDキーが並んでおり、ユーザーはそのおもちゃのようなインターフェースを使って、簡単に、そしてリアルタイムで音楽を作る事が出来る。また、コンセプトは、岩井氏の長年にわたる「コンピュータでいかに音楽を創作し生成するか」というリサーチに基づいている。(どうか、彼の「シムチューン(Sim Tunes)」や、インスタレー ション作品「メディアテクノロジー〜7つの記憶」の中の 「オルゴール」を思い出して欲しい!
今年のアルス・エレクトロニカの「未来の美術館 “Museum of the Future”」では、 訪れた人が実際に岩井氏の新しい楽器で遊ぶ事ができた。 “ガラ”-オーストリア式のデジタル・アート界版オスカー授賞式のようなものだが-では、本人自らTENORI- ONを使ってのコンサートを行った。彼との会話は全て本当に興味深かったが、聞いてみると、何でも彼は東京大学教授で立派な研究室を持っているのに(でもアシスタントは一人)、授業をする義務はないのだそうだ!

Processingの動作画面 © Casey Reas

Processingの動作画面 © Casey Reas
それから、Processingの開発者、ベン・フライとケーシー・リースの二人にようやく会えた事も僕にとって素晴らしい経験となった。僕自身、ここ2年ほど授業とリサーチで使用しているが、Processingとは、Javaで書かれたプログラミング環境で、僕のようなエンジニアではない人種(アーティスト、デザイナー、作曲家、初心者 など)でも、プログラミングやコンピューターサイエンスの深い理解無しに、すばやくソフトウェアのスケッチを作成する事が出来る優れものである。

ゴールデン・ニカ賞を受賞したベン・フライとケーシー・リース © Ars Electronica

ゴールデン・二カ © Ars Electronica
ケーシーとベンの二人が、アルス版オスカーの「ゴールデン・二カ賞」を獲得した事が、本当に嬉しい。おめでとう!!デジタル界のセレブの中にあっても、ケーシーとベンの二人は、本当に気取らず一緒にいて楽しい人間だ。-二カ賞を取るような人たちであるにも関わらず!彼らと、Processingについてや、インタラクション・デザインの分野におけるプロトタイピングの未来についての情報交換が出来た僕は実にラッキーだ。
こんな風に、今回の出会いは僕にとって非常に意義のあることであったが、セミナーや展示会ももちろん素晴らしかった。ここで、その中のハイライトを3つほど挙げて、僕が経験した事の概略を紹介したいと思う。
テオ・ヤンセン(Theo Jansen)作風力で動く芸術

Strandbeest。アルスの人口の砂浜にて

Strandbeest。デルフト市にて© Ars Electronica
今年のアルスで最も突出したアート作品は、「Strandbeest(オランダ語で砂浜の動物という意味)」であった。リンツの中心地に、 「Strandbeest」用にテニスコート2面分もある人工の浜辺(もっとも、「でかい砂場だ」と呼ぶ人もいたが) が設けられ、そこで巨大なマシーン達が勝手に砂の上を行ったり来たりするのだ。元々はテオ・ヤンセン氏の自宅があるオランダのデルフト市近くのビーチに住んでいた、この無数の足を持つ生き物達は、食べ物ではなく、風からエネルギーを得る。(こちらが、そのデモの様子だ!)

Strandbeestの構造のディテール

Strandbeestのモデル
ヤンセン氏は、進化アルゴリズムをつかって、 この生き物達の中核-発明的な足-を開発したと言う。無作為な足数をもった種族を作り、歩かせるというプログラムを、彼は古いAtariのコンピューターで作成し、その中でもっとも優秀な生き残りだけが、繁殖を許された。そして100世代以上を経て、とうとうこのアルゴリズムがヤンセン氏の生物の足を作り上げたのだ。その後、アーティストであるヤンセン氏は、コンピュータを全く使わずに、Strandbeestのデザインを始めたそうだ。ヤンセン氏によると、今ではもう全くコンピュータは必要ないらしい(また必要になるかもしれないが、と付け加えてもいたが…)。
私は、この作品には本当に感銘を受けた。シンプルな素材(プラスチックのチューブやケーブルなど)で出来ているのに、人間の感情に訴えかける何かを持っている。この、実に生き生きとし洗練されているStrandbeestを眺めていると、生きるっていう事についての疑問が湧き上がってくるように感じた。
アルス・エレクトロニカ・フューチャーラボ・セッション

Pixelspaces展示会のオープニング © Ars Electronica

実際に触って楽しめるものがたくさんあった © Ars Electronica
(パネルディスカッションの)「Pixelspaces 2005 - Hertzblut」にあわせて、フューチャーラボ(Futurelab)では、参加者のリサーチやアートプロジェクトが展示してあったが、そこでは、“人間とマシーンとのインタラクション”というカンファレンスのテーマへ、各参加者がどのような姿勢で取り組んでいるか、どのようしてアイデアを形にしたか、を実際に見る事が出来た。
このセッション「Herztblut – テクノ-エモーショナル・インタラクティブ・スペーシズ」は、アルス・エレクトロニカ・フューチャーラボ(Ars Electronica Futurelab)によって組織されており、フューチャーラボとは、「アート、テクノロジー、社会の結合における、対立と相互作用」の将来について調査するリサーチ機関だ。今年のセッションでは、「エモーションとコンピュータ・テクノロジーの互換性」について、非常に興味深いパネラーによって話し合われ、会場は床に座って聴講する人まで出るほど、熱心な聴衆にあふれた。

ザッカリー・ライバーマン

ザッカリー・ライバーマンのGesture Machines© Ars Electronica
ザッカリー・ライバーマン(通称:ザック)(Zachary “Zach” Lieberman)と、ケン・ペルリン(Ken Perlin)によるプレゼンテ—ションは凄く気に入った。
ガラ(パーティー)でも発表したが、ザックの近年の作品は、抽象的な形に、感情を与えようとするものである。彼のコンサートでは(ちなみに僕は、彼が自分がやっている事を表現するのに、「コンサート」という言葉を使うのが好きだ。例えば、「パフォーマンス」と言ったりするより数倍いい。)様々なメディアミックスが使用される。ブラシを使って、紙に字を描く姿が、カメラに収められ、観衆が見えるように、プロジェクターを使ってそれが大きく映し出される。そして、これらの文字をつかって、手でアニメーションを作る。例えば、字を押してみたり、ジャンプさせたり、といった風に。
彼の「クエスチョン・マーク」はとても面白かった。まず、線をドットの周りでぐるっと回転させる。次に、ドットに線の周りをぐるっと回転させる。話の中で、彼は、「最小限の動きで、どれだけ、それがまるで生きているかの様に見せられるか」を追求していると語っていた。

ケン・ペルリン。Pixelspacesの展示会にて, Virtual Emotove Actors for Game Engines © Ars Electronica
ケン・ペルリン(Ken Perlin)のリサーチは、とても興味深い仮説に基づいている。彼は「ストーリーテリング(物語を語る事)」の未来と、インタラクティブ・ゲームと物語の違いを研究しているが、今回、既に作られたインタラクティブな 映像作品には見込みがない事を証明してみせた。理由としては、その複雑さがあげられた(視聴者が20種類の違った選択をしたとして、10万パターン以上の筋書きが必要となる)。また、もう一つの理由は、「私達はみんな、他の人間に興味がある」からだ。 多くの人は、インディー・ジョーンズの映画の中で、ハリソン・フォードがどうやって困難な状況から抜け出すのか見たいと思う。でも、それがゲームとなると、人は、キャラクターが切り開いていく個人的な物語にはまるで興味がない。彼らは、Simsをいじめる方によっぽど喜びを感じるのだ。
ペルリン氏は、インタラクティブ・エンターテインメントの未来は、ストーリテリングの過程をサポート出来るシステムにあると予想している。かれは、現在我々が使っているマイクロソフト「WORD」を引き合いに出して説明してくれたが、ワードでは、我々は、簡単に見栄えのいいテキストを作る事ができる。それは、WORDの開発過程で、タイポグラフィーやレイアウトの専門家達が参加して、簡単に整った文書を作るソフトを作ったからだ。ペルリン氏によれば、未来のストーリーテリングのソフトフェアも、同じように、心理学者、生理学社、社会学者、文学やアニメの専門家、他にもたくさんの人が参加してソフトウェアを開発し、ユーザーは簡単に複雑な物語を作り出す事が出来るようになるという。

反応する顔」 © Ken Perlin

「反応する顔」 © Ken Perlin
この第一段階として、ペルリン氏は、自身のリサーチ・プロジェクトをいくつか紹介した。これは、ヴァーチャルな生き物に感情を与えようと試みたものだが、中でも「Responseive Face(反応する顔)」はとても素晴らしかった。いくつかのスライダー(例えば「眉」や「凝視」など)を動かす事で、顔の表情を変化させる事ができるというもので、彼は、この顔を、元彼女の顔をじっと観察して開発したそうだ。ソフトウェア開発で長く作業を続ければ続けるほど、彼女の表情がどんどん面白くなって行き、彼らが別れる事になるまでこれは続いたらしいが、関係が終わる時には、彼女が怒るとどんな表情になるか、完全に理解していたらしい…。
ニール・ガーシェンフェルド(Neil Gershenfeld)のThe talk by Neil Gershenfeld

ニール・ガーシェンフェルド, ハイブリッド・シンポジウム I, Drivers and Patterns of Hybridity © Ars Electronica
「ビット(bit)と 原子の違い」が全く分からないというニール・ガーシェンフェルドは、オーストリアに来る事が出来なかったため、カンファレンスにはビデオを通しての参加となった。ニールは、バルセロナにある建築のインスタレーションである「メディア・ハウス(Media House)」のプレゼンを通して、インターネットの 未来についての自身の見解を明確に述べた。
この「メディア・ハウス」では、電球がIPアドレスとスイッチの両方を持つシステムに接続されている。どちらとも、簡単に鉄道システムに取り付けが可能だ。これは、電気回路を通して接続されているのではなく、インターネットを通してつながっているので、電源を別の場所に設置しても、変わらない電球のスイッチを切ったり入れたりする事ができる(スイッチは、特定の電球の電源を切ったり入れたりするようにプログラムされているのだ)。他にも二ールは、単純な動きによるインターフェースを基盤とするプログラミングのシステムを紹介した。この経験に基づき、ニールは「もののインターネット」、または彼言わく、「ブロードバンドで映画を見ない電球」を求めている。そのため、彼と彼のチームは、よりシンプルでより安い「インターネット・ゼロ」を開発しているのである。現在の彼らの使用しているノード(接続ポイント)は、IP、スイッチ、電球分含め、トータル1ドル以下だそうだ。
インターネットを持っていることの意味を今一度考え直してみると、新たなアプリケーションやインターフェースに関するポテンシャルが見えてくるようだ。
アルスでは、他にも、多くの刺激的な音楽作品やアート作品を見かけた。特に、色々と考えさせられた3作品を紹介したい。
Garnet Hertz, Cockroach Controlled Mobile Robot #2

ガーネット・ハーツ, Cockroach Controlled Mobile Robot #2

ガーネット・ハーツ, Cockroach Controlled Mobile Robot #2
カナダ人のガーネット・ハーツ(Garnet Hertz)は、彼の「Hybrid Creatures and Paradox Machines(雑種の生き物と逆説マシーン)」の中で、ゴキブリによってコントロールされるロボットを紹介した。かつて明和電気が“魚が操縦するロボット”を紹介したことがあるので何も目新しい事ではないと思われたが、実は、ガーネットは、そこに面白いアイデアを付け加えていた。ロボットと他の物体(壁など)との間の距離が、明かりに訳される。ゴキブリが明かりを避けるということから、彼は、ゴキブリがロボットを明かりから離すために誘導出来るのではないかと思いついたのだった。

ミッシェル・テランのA User’s Manual

ミッシェル・テランのA User’s Manual © Ars Electronica
ミッシェル・テランの作品に込められたコンセプトも面白いものだった。彼女は、粗野なキーのテクノロジーを開発し、ユーザーが監視カメラの中にハッキングし、それらが何を見ているかを、自分のスクリーンで見られるという事が出来るようにした。
アートパフォーマンスとして、ミッシェルはこのシステムのツアーをしており、ゲストには、町の景観と、彼らがそこにいる景観を見せている。この作品については、個人と公の問題について物議をかもしだしていた。しかし、ミッシェルがホームレスの押すカートを通して自分の作品をプレゼンテーションするやり方は-僕の視点からは-彼女の作品の目的にはそぐわないんじゃないかと感じた。
最後になるが、一番印象が薄かったというわけではないのが、Sony CSLのイワン・プピレフ(Ivan Poupyrev)と梨子田 辰志によるプロジェクトのLUMENである。LUMENとは、その形を変化させられるディスプレーである。ピクセルは透明のプラスティックスティックで出来ており、それぞれが上下に個別に動かせる。彼らは、上映したビデオの中で、新たなインタラクションの形、つまり触知という面の探究と、3Dエフェクトを通したアニメーションの強調というものを紹介した。
「さよなら、リンツ!凄く楽しかったよ!」
刺激あふれるイベント、アルス・エレクトロニカに来れば、デジタル・テクノロジーの世界で働く人なら、考えさせられる何かを必ず得るはずである。少なくとも、次のアルスまでの12ヶ月間考えさせられる何かを。僕の場合は、一番鼓舞されたディスカッションは、フェスティバルの訪問者が遅い朝食を取っていた昼過ぎのカフェで出会った、若い研究者との話しである。彼は、腕を失くした人たちの研究についてくれた。彼によると、腕を失った人に、失った腕のビジュアルイメージを与えることによって、彼らは実際に腕があるように感じることが出来るという。なんと、そして現在、3番目の腕の幻影を創造することに挑戦している人々がいるという。…なんて印象的でポテンシャルに溢れていることか!
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